「中村さん、たすけてー!」Kさん(四十代男性)はベッドから両手を伸ばして私の腕を掴まれた。癌の末期。人工呼吸器のマスクを引き外し、あえぐ息の狭間から、Kさんは最期の最後に自分を苦しめている「罪の意識」とその出来事の全貌を告白されました。「夢に見、うなされ、罪に引きずり回されている。自分ばかりか子どもや、聞いた貴女も引き回されるのではないか」。

「どんな罪の人であっても、その人そのままを受け止めて必ず浄土に迎え摂るというのが阿弥陀様のお約束。傷つけてしまったとKさんがご心配の方も、Kさんご自身も、お子さんも、私も、この救いから外れる者は誰もいない。不安になったら繰り返し〝南無−たのむ−阿弥陀仏〟、このお念仏を称えて」。

その時その場での私の精一杯の言葉を全身で受け止めながらKさんは、少しずつ落ち着きを取り戻され「楽になれた」と安堵のお言葉。

断末魔の人間の苦しみに、そのことを知り抜いた浄土の教えが、真の力をもってはたらき届く。「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」という先師の言葉は、当にKさんの為の至極の教えでありました。

また、Mさん(七十代女性)は、小さい声ながらもはっきりと「恐い」と言われた。「口に出してしまったら終わり」とも。それはMさんに迫っている〝死〟のことでした。あらゆる治療の末に、たどり着いたのはターミナルケア病棟。私はMさんに、ある日そっと絵本の『阿弥陀経』を手渡しました。「阿弥陀様が、無数の仏・菩薩様と共に迎えてくださる世界、そこへ皆が還ってゆく。行き先については、ぜひ安心をされて、目の前には与えられた時がある。大切に過ごしたいですね」と。

Mさんは少しずつ微笑みを取り戻していかれました。そして、ご家族六人に、口には出せなかったお別れと感謝の言葉を手紙にして遺されました。『阿弥陀経』に描かれた世界とその教えを手渡してこられた先人たちの心がMさんに届き、死に逝くことに向き合う力を賜ってゆかれたのだと思います。

私自身もまた、若き日、生きる目標や足場を見失ってしまった時がありました。他の命を奪いながら在ること。自分の知恵の狭さ暗さ。そしてそれ故に真実を知ることも叶わぬことなのだと。この世と何よりも自分自身を受け止められず、また捨て去ることもできずに、心は冷め、抜け殻のように漂っていたように思います。そんな私を救ってくれたのが、教えの言葉でした。それまでただ文字として頭の中にあった言葉の群が、ある夜、一つの意味内容を伴って私の全身を射抜いたのでした。決して捨てられずに受け止められている。大きな愛情のはたらきの中に在る。その愛の内にある世と自分なのだと知らされて、生きていく力を賜るということが、その時私にも起こったのでした。

暗闇に独り沈んでいくかのような不安や恐怖。その中にあって奇しくも届いてくる教えがある。この教え無かりせば! 心にあふれる恩、その恩に微力なままにわずかでも報いたい。それが無数の先達らが受け継いできてくださった報恩講、そして私の報恩講です。

金沢教区西方寺坊守 中村 直美