◆(尾角光美さん講演会と「グリーフシェアリング小松」の取り組み@石川県小松市勝光寺)◆

石川県小松市勝光寺でのグリーフサポート講演会
石川県小松市勝光寺でのグリーフサポート講演会

「最近、すごく思うんです。僧侶でもあり、お寺にも住んでいながら、どうしてわざわざグリーフサポートの場所を作らなければ、皆さんと語り合えなくなったのか。

僧侶が手放してきたものは、ものすごく大きいのではないでしょうか。」

これは、石川県小松市と能美市でグリーフサポート(家族など、大切な何かを失うことで抱える問題をともに考え、生きる希望が生まれるための支えをおこなうこと)を行っている真宗大谷派寺院の坊守さんが、先日開催したグリーフサポート講演会「悲しみが人をつなぐ力」の挨拶で、切々と語られた言葉です。

「昔からどんな地域でも、どんな人でも悲しみがあったはず。けれど、今はこういう場所(グリーフサポート)があることで、苦しみを抱えている人がたくさんいるということに気づかせてもらった。

僧侶が手放してきたものは、ものすごく大きいのではないでしょうか。お寺だからできるグリーフケアもあるはずです。日本中の僧侶やお寺に住んでいる人が、地域の人たちと一緒に手をつないでいけたらと心から願っています。」

講演会では、尾角さんが進行してやわらかい関西弁でのお話の様子
講演会では、尾角さんが進行してやわらかい関西弁でのお話の様子

宗教者がグリーフケアに関わってほしいという声はいろいろな方面から聞きますが、お寺でのグリーフケアに取り組みがさらに広がっていくことを願って、「浄土真宗ドットインフォ」や、Facebookページ「しんらん交流館」でもグリーフケア、グリーフサポートについて多くの記事を掲載していますが、「どうして僧侶がグリーフサポート?」「養成のための連続講座って?」「手近なところでできることは?」、こんな疑問を持っている方もいると思います。

先般、石川県小松市の勝光寺で行われた「グリーフサポート講演会」(講師 尾角光美さん  一般社団法人リヴオン代表理事)に参加し、グリーフサポートの基本的な考え方や尾角さんの取り組みの他、上に挙げた点について、お話を聞くことができました。

いくつかの輪になり分かち合いが行われました。
いくつかの輪になり分かち合いが行われました。

また、リヴオンが最初に行った「グリーフサポート連続講座」から小松に産み落とされた場として、「グリーフシェアリング小松」(石川県小松市)がどのように運営されているのか、模擬プログラムを体験してきましたので、最後にご紹介いたします。

講演会では、尾角さんが進行してアイスブレイクからはじまり、大切なキーワードをスクリーンに映し出しながら、やわらかい関西弁のお話、いくつかの輪になっての分かち合いが行われました。

 

 


「悲しみが人をつなぐ力」グリーフサポート講演会

尾角光美さんの講演(抄録)

■悲しみのなかから、希望を。

「この国は生きやすいと思いますか?先日、東海道新幹線の焼身自殺がありましたが、この国はなんて生きにくいのだろう、これだけ助けを求めていたのに、どうして亡くならなければならなかったのか…。

日本の自殺率は先進国でトップクラスです(韓国に次いで二番目)。この国が生き続けにくいのなら、少しでもこの社会が生き続けやすいように。そして、亡くなった人のいのちは、死で終わりではなく、折々に思い出されるその瞬間に、生かされ、生き続ける。生きている人たちみんなが、亡くなった人のいのちと共に生き続けられたらいいなあ、そういう思いを込めて、「リヴオン」(生き続ける)という団体を2009年に立ち上げました。

私たちが大切にしているのは、「グリーフから希望を」という信念です。悲しみを希望に変えよう、ではなくて、悲しみの中から希望が生まれるように、ということです。

戦争の体験を語り続けているのはどうしてなのか。大事な人を失った経験を語るのは辛いはずです。それを何度も繰り返して語るのは、その悲しみから生み出された力なんだと思います。平和を築く力とか、希望を見出すような。いじめで辛い思いをして自分自身を失ったような感覚を持った子が、大学に入って、かつていじめを経験した子たちのつながりを作るんだと、今、活動を起こそうとしている人もいます。自分の失った体験を大切にするその先に、きっと何か希望が見えてくると思います。」

■グリーフサポートのある社会

「死別や大切な何かを失う経験をしたことを語れない社会よりも、語れて、分かち合えて、何か光が見えてくるような、そんな場が増えていったらいいなと思います。リヴオンのミッションは、いつ、どこで、どんなかたちで大切な人を亡くしても、サポートにつながる社会を実現できることです。グリーフサポートが当たり前にある社会です。小松でも七尾でも北海道でも支えがあそこにあるよ、と言ってもらえるような日本の社会にしたいと思ってます。

アメリカの例ですが、病院で死亡診断書をいただく時には、家族に「これはグリーフケアの案内です」と渡されるんです。これは病院での当たり前の情報提供です。家族が亡くなったことで体の反応が出ますよとか、悲しい、苦しい、辛い、怒りや罪悪感、安心、いろんな思いが表れてきても自然な反応ですとか、そういう情報がちゃんと届けられます。そして葬儀屋さんがいて、教会がある。一流の葬儀屋さんは一流のグリーフサポートをしますし、教会は亡くなる前から支えに入っています。病院に牧師さん、神父さんがいるのが当然の社会なんです。

そういう社会をどうやったら築いていけるだろうかと考えながらやってきました。遺族を支えるために、宗教者、葬儀屋さん、警察、その他ご遺族と直接つながる人といっしょになってやっていこうと。」

■仏教の生活のなかにあるグリーフケア

「私にとってのきっかけは、仏教の生活の中に息付いてきたグリーフケアを発見したことです。

僧侶は確実に遺族と出会う存在であり、同時に長い喪の旅(グリーフ)の伴走者ですね。一周忌、三回忌から五十回忌までずっと回忌法要を重ねたり、地方によっては月参りもある。死者とのコミュニケーションの場をそんなに持ってくれる人は、誰もいません。私たちと亡くなった人をつないでくれる、その旅を伴走してくれるのは僧侶であり、お寺という存在でした。

このことに気づいた時、「グリーフワークとしての仏教があるんだ」と思いました。「手を合わせるというところからはじまって、お経、念仏、お墓参りも….ぜんぶこれグリーフワークであり、亡くなった人とのつながりを感じるお作法なんやないか」と。」

■キーワードは「往生」

「枕経、葬儀、中陰、月参り、年忌法要、お盆、お彼岸。死者とのつながりを回復するための支えになります。私はこのグリーフワークとしての仏教は、「往生」という言葉に表れていると思っています。

アメリカやヨーロッパの死のとらえ方と最も違う、仏教のグリーフケアの力は、「往生」、「往って生まれる」、いのちが生まれている、という考え方だと思います。だからこそ死者のいのちと、今ここにいる私たちのいのちが、もう一度つながって関係を結んでいくことができる。そういうことを仏教が支えてくれているということを、これは私自身の中の気付きとしていただきました。「往生。この言葉はすごい。生まれてるんや!」と。私は、死は終わりだと思っていたんです。それだけではなくて、死は始まりでもあるんだということを教えていただきました。

3年前に突然の不慮の死で私は兄を亡くした時、遺体に会うこともできないまま別れなければならず、火葬場であまりの辛さに立っていられないということがありました。そんな時に出てきたのが「南無阿弥陀仏」でした。友人の僧侶のお寺で念仏によく触れていたおかげか、自然に出てきました。称えていれば、何とか立っていられる、それが私がはじめて宗教的な大きな支えを得た経験でした。友人の僧侶が本気で向き合ってくれた結果、亡くなって最初は苦しんでいるイメージしかなかった兄が、お浄土で安らいでいるイメージを抱くことができました。別に宗教でなくてもいいのかもしれませんが、私にとっては葬儀など一つひとつのことが、亡くした人とつながる助けになりました。

終わりでははじまりとしての死。仏教が持っているグリーフケアの力だと思います。」

■「グリーフサポート連続講座」

「リヴオンとして、お寺さんと共にいろんな活動をしてきましたが、その中でも、5年前に行った「グリーフサポート連続講座」は原点となる活動です。

最初の連続講座の開催が、ここ小松市勝光寺さんでした。2010年11月~2011年1月に5回の講座を行いました。定員30名だったんですが、申し込まれた受講生は定員を越える32名でした。その前には、プレ講演会があって、200名の方が来ていただいたことに、私は衝撃をおぼえました。「大切な人をなくすということ」というテーマを掲げたことに対して、多くの方が自分自身のこととして意識を持って来られたことにすごく感動しました。このプレ講演会でさらに関心を持たれた方、大切な人を亡くした人を支えたいと思う方ならどなたでもということで、連続講座には葬儀屋さんや、自分自身もグリーフを抱えていますという方も参加されました。

この講座での私の役割は「講師」ではなく、「お産婆さん」。「皆さんがグリーフサポートを産むためにいます。よろしくお願いします」とお伝えしていました。講師というのは、何かを伝えて「勉強して下さい」で終わりますね。産婆さんというのは、産むのを助けるんです。この講座で必ず皆さんで、この小松、能美という地にグリーフの支えを生み出しましょう。私はそれを手伝います、という形です。

連続講座では、受講者お互いの人生を聴き合って発表したり、グリーフの体験を語って聞き合い、聴く力を学ぶトレーニングを行ったりしました。いつも「輪」ではじまって「輪」で終わり、また、坊守さんたちががんばっておにぎりを作っていただき、最終回にはおでんも!私は、このおにぎりを忘れないと思います。そこにすごい豊かさを感じました。

第4回、第5回では、具体的にグリーフサポートを作る、ということに向けて、受講生それぞれがサポートの企画を考えてプレゼンテーションをしました。

そうやって“出産”です。結果としてその後有志でミーティングを重ねられ「グリーフシェアリング小松」「ともいき」という2つの団体が生まれました。

つい先日も、名古屋でも僧侶を対象とした連続講座が終わったところです。若いお坊さんたちが「なにかしなければ」「お寺の力をとりもどしたい」「お寺の本来の役割を果たしたい」という思いの中でグリーフケアを学びに来られています。そういう僧侶の方々がたくさん生まれているのが、今の全国の動きとしてあります。その私たちの活動の原点が、この石川県小松市の連続講座ですし、今こうした全国的な動きへとつながっています。」

■「まわりに辛そうな人がいたら」

「もしも、みなさんの近くにしんどそうな人がいたら、何ができるかということですが、まずは「あなたのことを気にかけてるよ」と発信して下さい。「なにかできることがあったら言ってね」と声をかけてください。

「助けて」と手を出せるのは、「(この人だったら『助けて』と言っていいんだ)」とわかるからです。日本にこれほど自殺者が多いのは「助けて」と言いづらいからだと思います。お互いに「助けて」と言える関係性を、お互いに築き合えるのが、生きやすい社会だと思います。

それから、そのままに聴くということ。人はアドバイスをしたくなりますし、励ましたくなります。時には説教したくもなります。でも、聴く、ということに力があるんです。聴く、ということだけで、メッセージを伝えることになるんです。

本当に相手が傷ついたり苦しんだりしている時、大切に聴く。そのままに聴く。いいかわるいかを判断しないで、そのまんまに受けとめてください。」

【後編に続く】