伝道掲示板
 人生長きがゆえに尊からず、
 人生深きがゆえに尊し
            (大島みち子)

 今回のお寺の掲示板は、熊本教区第3組浄玄寺さんをご紹介します。

浄玄寺さんは1991(平成3)年10月号のお寺の掲示板で取り上げていますが、その当時とは代も変わり、前住職さんと共に掲示伝道に取り組んでおられた若院さんが住職となって現在掲示伝道に取り組んでおられます。

その17年の歩みと課題を住職の吉尾天声氏に伺いました。01キャプションなし

―掲示板のことばはどのように考えておられるのですか?
掲示伝道用のノートを作っていて、法座で聴聞したり、本を読んだりしたなかで自分自身が気になったことばを記しておき、それを掲示しています。自分自身が課題とであったその時々に、ノートを見直したりして大切だと感じたことを掲示しています。いま掲示していることばも、実は以前に一度掲示していましたが、近年、人を経済性や生産性というような尺度で見ていく状況が顕著になり、本来、人間はこの世に存在していることだけで、すでに仏に願われているかけがえのない存在だということに気づき得なくなってきているのではないかと気になり、あらためて張り出しました。

―掲示板の言葉はどれくらいの頻度で変えていらっしゃいますか?
掲示板を始めたころは、ある程度定期的に変えなければという気負いもあったのですが、いまはその時々の自分の思いや課題を問う場だと思っています。頻度にはこだわりなくすぐに変えることもあるし、2カ月くらいずっと掲示していることもあります。

―掲示伝道を続けているなかでどのような反響がありますか?
門徒さんが法座の時やお参りに行ったときに話題にすることはありますが、見た方からどんどん反応が返ってくることはないです。
ただ、少し前の話しになりますが、お寺の前の道は通学の高校生がよく通るのですが、高校生が足を止めて読んでいて、掃除していた私に気づき、「考えさせられますね」って言って帰っていきました。その子の心に響くものがあったのでしょうね。後にも先にもそれだけですが、確かに掲示板を見てくれていたんだって思いました。

掲示板を、自身や社会の課題を投げかけて問い直す場として活用されている浄玄寺さんをご紹介しました。

((熊本教区通信員 尺一 聡))
『真宗 2009年(4月)』
「お寺の掲示板」熊本教区第3組浄玄寺
※役職等は『真宗』誌掲載時のまま記載しています。

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