伝道掲示板
この世に生まれたことほど
大事なことはないと
発見した心を
宗教心という(藤元正樹)

 JR小松駅を降りて北西へ歩くこと5分、小学校の通学路沿いに今回ご紹介する稱名寺があります。住職の佐々木五六(ごろく)さんにお話を伺いました。
掲示する言葉について「安田理深、和田稠、藤元正樹という先生方が一貫して言っておられた『浄土がなければ我々の現実は都合がよいか悪いかしかない。浄土があって初めて穢土(課題山積の場所)となる。浄土を見失ってはなりません』ということから、穢土を生きる緊張を表現する言葉を掲示したいと思っています」と語られました。
特に周辺は真宗の寺院が多いため、各寺院の掲示板を見て歩かれる人も多く、会社帰りの方がメモを取ったり、時には電話での問い合わせもあるとのこと。お参り先では「先月はこういう言葉やったけど、昨日お寺の前を通ったら何も書かれてなかったよ」と言われることもあるほど掲示板に対する反応があるようです。

右から住職さん、坊守さん、お寺に集う方々
右から住職さん、坊守さん、お寺に集う方々

「先生たちの願われたことをきちんと伝えられとるかどうかはわからん。いつも迷うんです。掲示伝道って短いでしょう。だから下手するととんでもない受け取り方をしてしまうんでないかって…」と、話される住職は毎月の掲示伝道を坊守さんや寺務方にこれで伝わるかどうか確認してもらっているそうです。
住職は1981(昭和56)年、27歳の時、岡崎教区勝鬘寺から縁あって、4年間住職不在だったこの稱名寺に入寺されると同時に住職になられました。
まだ若かった当時を振り返りながら、「何も知らんかったからこそ何でも手を出せた」と語られた背景には、まだ地域のいろいろな習慣がわからずにとまどっていた住職に懇切に教えてくださった総代さんがおられたこと、そして、「東海相応学会」(岡崎教区長泉寺)で安田理深先生を招請して行われていた毎月の学習会の手伝いをした経験があったので、小松で学習会をしていた先輩方から誘われた時に自然に入っていくことができた有り難さを感じられるとのことでした。
また、少しでもお寺という場所に人が集まってもらえればと、毎月定例のお参りのほかに、毎月第3土曜日の映画会、毎年5月には門徒さんのおばあちゃんからのお惣菜のおすそわけから始まったという「うらら市」(「うらら」とは方言で「私たち」の意味)というチャリティバザーなどの催し物やコンサートなどを開催しています。
「本当はもっと悪戦苦闘して、寺の前を横切る人と対話する覚悟で書かんといかんのだろうけど、先生方の言葉を選び出すことで勘弁してもらっとる、というのが私の現状です」と話される住職の言葉から、掲示板に対する思いだけでなく、穢土を生きる真宗門徒として歩む姿勢に対する問いを投げかけられました。

(小松教区通信員 加藤雅輝)
『真宗 2009年(8月)』
「お寺の掲示板」小松教区第2組稱名寺
※役職等は『真宗』誌掲載時のまま記載しています。

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