―名古屋教区第5組では推進養成講座が開催され、先⽉前期教習を終えたところ。同朋の会の推進を担う推進員を育成する講座で、なぜ「いのちの学校」というかたちでの「グリーフケア」への取り組みを行うことになったのでしょうか。その経緯や、講座を通して感じたことを、名古屋教区第5組の⽅々にレポートいただきました!

名古屋教区第5組 推進員養成講座「いのちの学校」

レポート : 栗本 元(河野榮泉寺住職)、佐藤 由徳(寳行寺住職)
感   想 : 菱川 俊(以覺寺住職)

名古屋教区第5組推進員養成講座

 

 

♣なぜ学習会ではなく推進養成講座で「グリーフケア」なのか

現在、名古屋教区内の各組で進めている真宗同朋会推進員養成講座の多くは、浄土真宗に関する入門的な要素を取り入れた講座を実施されています。その中にあって第5組ではもともと入門的な講座を「親鸞教室」として組の教化事業として実施していたため、別のアプローチから養成講座に取り組もうという運びとなりました。

 

講座を開催するにあたり、まずテキストに沿って学びを進めていくのではなく、普段のご門徒との関係の中で浮かび上がった課題から考えていきたいということが重点となりました。

 

そのような中で「グリーフケア」について考えたい、という声が組内からあがり、本講座のテーマを「真宗の救いってなぁに?居場所を求めるあなたへ」とし、本講座の名称を「いのちの学校」として始めることとなりました。

 

 

名古屋教区第5組推進員養成講座
名古屋教区第5組推進員養成講座
名古屋教区第5組推進員養成講座

※会場は、全体講義用と班に分かれての座談用とが用意された。講義ではプロジェクターとスクリーンが使用された。

 

 

♣グリーフケアに取り組むきっかけ

このように、具体的な方針として当初から「グリーフケア」ありきで講座の場が設定された訳ではありません。

 

組内若手僧侶の話し合いの場での悩みとして、法務の場で悲歎にくれる遺族に向かい合う時にどう対応したらいいか分からない、自信が持てない、といった意見が湧き上がったことが背景にありました。

 

死について、本来は差をつける必要はありません。それにも関わらず、高齢者の方が亡くなった場合は比較的にその事実を受け止めやすいのに対し、自分にとって身近な方、若くして亡くなった方、自死した方、突然亡くなった方など、予期せぬ「死」という現実に遭った家族と対応するときにこの問題は惹起してきます。

 

そのような「死」の事実と向き合う時に、腫れ物に触れるような感覚、遠ざけようとする感覚が我々にも少なからずあるのではないでしょうか。また、悲歎にくれる遺族の方々とどう向き合っていくことが求められているのでしょうか?

 

そのような課題をグリーフケアの精神にたずね、講義を通して教えの言葉に出会い、1人1人がなにか気づきを持ってそれぞれの生活の場へ帰ってくれるような講座となってほしい。こうした願いを込め、開講に向けた取り組みを進めてきました。

 

 

 

♣開講までに必要だったこと-講師の選定-

講師の選定については、講座のテーマとしてグリーフケアを念頭に置いた時に、積極的に活動されている東京教区の存明寺住職である酒井義一さんに依頼することになりました。実際に、組内の若院会でお寺を訪ね、酒井さんにお話をうかがい、問題意識を共有したうえで、講座をお願いすることになりました。

また、酒井さんには本講座だけではなく、事前学習会にも出席いただくことで、講座の方向性をあらためて確認いただきました。

 

 

♣講座の特色

講座参加者の募集にあたっては、前提として人数ありきで考えず、無理やり参加者を募るべきではないと考えました。あくまで講座の趣旨を理解していただける方を対象に募集をかけさせてもらうことを大事にしました。

 

テーマから鑑みても、1人1人が講座をしっかり話し合う場、考える場、安心できる場にしてほしい、ということが理由にあったからです。

 

また講座修了後に住職と一緒にお寺のことを考え、歩みをともにしていただきたいという視点から、若手を対象にしていくということも努力目標として設定させていただきました。

 

名古屋教区第5組推進員養成講座
名古屋教区第5組推進員養成講座
名古屋教区第5組推進員養成講座

 

 

 

♣チラシのデザイン・文言の工夫

呼びかけのためのチラシは、対象を、身近な方を亡くされたことがご縁で初めて仏教にふれた方、お寺のことには関わってこなかったが、これからは仏教を学んでみたいという方などを想定していたので、名称を「いのちの学校」としました。とくに若い年齢層の方にご参加いただきやすい講座にしたかったので、やさしくあたたかな雰囲気をイメージして作成しました。

 

また、日程については、前期教習と後期教習という言葉で分けるのではなく、「いのちの学校」のカリキュラムの一環として、参加しやすくなるように、後期教習を「大人の修学旅行」という名称にしました。

 

イラストについても工夫があります。用いた桜の花は、あるスタッフの父親がなくなる前日に、夫婦で花見に行ったという思い出の花でした。そんなスタッフの亡き人との思い出に向き合うことの大切さも、チラシに込めてデザインしました。

名古屋教区第5組推進員養成講座
名古屋教区第5組推進員養成講座

※チラシの画像をクリックすると、PDFページが開きます。

 


推進員養成講座「いのちの学校」
菱川俊住職(名古屋教区第5組以覺寺)
♣企画・参加者として
-前期教習を終えた今、スタッフとして、また、参加者としての感想をお寄せいただきましたのでご紹介します。

「大切な人を亡くされた人に私たち僧侶は向き合あえているのだろうか。」

 

今回、推進員養成講座でグリーフケアを扱うきっかけになった言葉です。私自身、スタッフとしてグリーフケアを講座の中で取り上げることは初めてのことでした。

 

企画段階のときから「悲しみ、苦しみを抱えて参加する方たちの救いとなるような講座にしなければならない。少しでも助けになるような講座にしなければならない」という思いがあり、その思いを持ったまま講座に加わりました。

結果からいうと最後まで持ち続けたこうした自分の思いが、参加者と私の間に大きな壁となってしまったように思います。

 

前期教習を終えた今となってわかったことは、向き合い、寄り添うことというのは、何かをしてあげる側、される側。ケアする側、ケアされる側の関係性ではないということです。

 

講師の酒井義一先生のお話しの中で出てきた言葉のほとんどは、親鸞聖人のお言葉や、歌詞など、酒井先生自身が出遇われたものでした。酒井先生自身が悲しみ、苦しみ、悩みを背負いながら歩まれている中で出遇われた言葉だからこそ、私を含めた参加者の心に響いてきました。

 

向き合い、寄り添うということは、人それぞれ異なった悲しみや苦しみの形を通じて、自分自身を見つめ直し、我が身の問題として受け止めていくことによって初めて生まれる関係性だと講座の中で教えられました。

 

そして、もう1つ、私にとって貴重な体験となったのは、講座の中での「語り合い」(座談会)の時間です。回を重ねるごとに、語られる内容の深まりとともに緊張感が増していったことを覚えています。涙ながらに自らのことを語られる方の覚悟、またその話を真剣に聞かれている周りの姿勢に「グリーフケア」の重み、「場」の重みを感じました。

 

今回の講座では、講師、参加者、スタッフから様々な言葉や姿に出遇わせていただきました。全5回の前期教習という限られた講座だったからこそ生まれてきたものもあれば、逆に生まれなかったものもあるだろうと思います。

 

これまでのお寺はグリーフケアを考えるうえで、いったいどういった場になっていたのでしょうか。この度の出遇いを通し、これからのお寺の役割を推進員の方とともに見出していきたいと思います。

名古屋教区第5組推進員養成講座

※以覺寺が会場の「第2回 いのちの学校」のときの様子(2018.3.17)


来年には後期教習にあたる「大人の修学旅行」が開かれます。新たな試みの実践により、戸惑うことや新しい課題の発見もあったそうです。その一方で、このレポートからは「亡くなった方と向き合うという場が人と人が出遇う場である」ということを伝え続けてきた僧侶の役割をあらためて確かめることにつながる取り組みになった様子がうかがえました。試行錯誤しながら、同朋の会を推進する者の役割を学ぶ推進員養成講座に、新たな可能性を感じられたことです。

(おしまい)