地域の人たちと共に創り上げられた
「ほとけの言葉と写真展 −立ちどまる−」

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「ほとけの言葉と写真展 −立ちどまる−」と題された写真展が長浜教区第24組の明樂寺本堂で2018年9月23日(日)~10月14日(日)にかけて開催されました。
「親しみやすいお寺にしたい」、「普段来ないような若い世代にも気軽にお寺に来てほしい」、そのような願いは様々な機会で多く聞かれます。
では一体何をどうすればよいのでしょうか?
本写真展には、こうした問いに答える参考になる点が数多くあるのではないかと思いましたのでご紹介します。

フライヤー(表)
フライヤー(裏)

写真展の告知フライヤー

 

■写真と言葉を通して教えを感じる

写真①

写真と言葉が組み合わされ展示された(Photo by Masayo Takenaka)

写真展は「真宗の教えとみんなの生活を縮めたい」と考え活動している明樂寺坊守の藤谷法子さんの発案によるもの。準備に要した期間は約1年、さらにその前に自分の中で企画を温めていた期間があるとのこと。

企画は、住職の藤谷愛嗣(よしつぐ)さんと法子さんの間でのやり取りを通して徐々にかたちづくられていき、具体的な展示内容は、写真を担当した「木之本カメラ女子」、会場の空間デザインを担当したデザイナーの桐畑淳さんを加えて徐々に検討されました。

「写真」と「言葉」を組み合わせる企画となったのは、法子さんが街で開催されていたカメラ女子の写真展を観にいったとき、写真を見ながら思わず法語が浮かんできたことがきっかけだといいます。カメラ女子の撮る写真は、日常生活の何気ない一瞬を切り取ったものが多く、その感覚が法語に似ていると感じたそう。

写真②

天井の高い本堂を上手く使い空間がつくられている

また、写真も言葉も、「それを受け取った人が自分なりの意味を考える」という共通点があり、「写真展は観るお説教でもある」という言葉には、なるほどと思わされました。

テーマにある「立ちどまる」という言葉を選んだのは、「目の前の変化を追いかけて忙しく走り続ける人々が足を止めて、どこかに置き忘れてきた自分の心を取り戻してほしい」との愛嗣さんの思いから。

愛嗣さんと法子さんは、現代の人は「立ち止まること」、「後戻りすること」を恐れているのではないかと感じることがあるそうです。人生の目的というものは本来なく、一瞬一瞬の積み重ねが人生であり、その一瞬を味わうことが大切。その様な思いが、「立ちどまる」に込められています。

待ちゆく人が教えに触れる代表的な方法として「お寺の掲示板」がありますが、今回の取り組みはその次の一歩、「実際にお寺の中に入ってもらう」ことを目指したといいます。お寺に親しむ入り口の幅を広げ、お寺に中々足を運ぶことが少ない人にこそ来てほしい。その願いは、写真展を企画する大きな動機になったそうです。

 

 

■地域のお母さんたちと共に創り上げる

写真③

写真展の運営メンバー(Photo by Masayo Takenaka)

写真展は、明樂寺さんがある木之本という街で活躍する「木之本カメラ女子」のメンバーと共に創りあげられました。
カメラ女子のメンバーは子育て世代のお母さん。仕事に子育てと忙しく、一般的にお寺には距離のある世代ともいえます。
そういった世代の人にこそ教えに触れてほしいという願いが込められた写真展。カメラ女子が撮る写真は共感を呼び、実際に地元のお母さん世代の方がお子さんと一緒に訪れることも多いそうです。

広報活動として、Facebookやウェブサイトなどインターネットを活用したり、チラシ・ポスターの作成配布を行われていますが、お母さん世代には口コミで情報が広がった部分も多いようです。

「いつもお寺に来てくださる方に加え、30代〜50代の方の来場も多いです。週末の方が人は多いですが、平日も思った以上の方がお見えくださいます」と法子さん。私がインタビューをさせていただいた平日昼間の時間にも、複数組の方がお越しになっていました。

また、不登校のお子さんを持つお母さんたちのグループの方が、写真展の観覧と話合いをセットにした場を自発的に企画されるなど、地域の方に写真展を活用していただけたことも嬉しかったそうです。
この様な広がりが生まれたのは、企画が寺院からの一方的なものではなく、地域の人と共に創り上げられた、双方向のものだったからなのではないでしょうか。

 

 

■空間の魅力を上手く活用する
写真④
写真⑤

左:デザイナー桐畑さんによる展示案のスケッチ(Photo by Miho Igawa)

右:話合いを重ね、実際の展示はこのような形となった(Photo by Masayo Takenaka)

 

今回の写真展はお寺の本堂を会場に開催。展示方法や空間の見せ方は、地域で活躍するデザイナーの桐畑さんに相談しながらかたちづくられました。
同じ写真や言葉でも展示の仕方によってその受け取り方は変わるものです。今回の写真展では天井の高い本堂の空間が上手く活用されていました。

催し物の会場として本堂を使用するということは抵抗があるかもしれません。しかし、どの様な内容でもよいというわけではなく、教えに繋がる部分があることだからこそ本堂を使用する意味があり、また空間が引き立つのではないかと感じました。

お寺のもつ空間を活用するには、教えを伝えるというお寺の役割と空間の使い手による理解、そしてその双方向の気持ちのやり取りが大切になりそうです。

 

 

■私の考える、ここがポイント

写真⑥

写真展開催前日の準備風景(Photo by Masayo Takenaka)

他の寺院の企画を参考にそのまま実践するというのは難しいものです。地域づくりでもそうですが、様々な前提や状況が違うということを踏まえて、エッセンスを参考にすることが大切です。
ここでは、実際に取材をした私が「企画を行う上でここがポイント」と感じたことを紹介したいと思います。

 

◯門徒さんにかぎらず、地域の人と共ににつくる

今回の写真展は、お寺、木之本カメラ女子、またデザイナーさんとの協働で企画・実行されました。その結果、普段お寺に来ないような方にとっても親しみやすい企画になったのではないかと思います。
一緒に活動をできそうな人を見つけるためには、地域で誰がどの様なことを考え活動をしているのか、普段から地域で行われている活動にアンテナをはることが必要です。お寺も無理なくできるかたちで継続的に地域に関わっていくことが大切になるのではないでしょうか。

 

◯創りあげる過程自体が楽しいものにする

準備を始めた当初、大まかな方向性は持ちながらも、具体的な部分は進めながら決めていったそうです。例えば、写真と法語の組合せはそれぞれが出揃った上で決められ、会場展示は住職・坊守さんとデザイナーさんのやり取りを通して決められて行きました。

通常、目的を決めてそれに向かって道筋をきっちりと考えがちですが、今回のように自由度を持ち、十分な関わりしろがある中で企画ができたからこそ、創る工程自体が楽しいものになったのかもしれません。活動が楽しいからこそ、もっと関わりたいと思うのは自然なことです。

「『何が善で何が悪かはわからない』。その様な教えに基づくからこそ、不確実な状況の中でも楽しんで写真展の企画が進められたのかもしれない」とは住職談。真宗の教えには不安定・不明瞭な現代を楽しむコツが含まれているのかもしれないと感じました。

 

 

■最後に

写真⑦

写真展初日には住職によるオープニング法話が行われた(Photo by Masayo Takenaka)

インタビューを通して印象に残ったのは、「タネはまくけど、それがいつ発芽するかは人それぞれ」という住職の言葉です。
世の中を見渡すと、「自分たちの主張を伝えたい」、そして「相手にこちらの思い通り動いてほしい」という意図をもったコミュニケーションが大半のように思えます。そのような中、相手に意味の解釈や行動を委ねるという姿勢は、私にとって新鮮なものでした。

今回の写真展のように、ご門徒に限らず様々な人が自然な形で教えに触れる機会が増え、人生のふとした瞬間に自分の中の教えを発見するような場面が多くなれば素敵だなと思いました。

(文:企画調整局参事 中山 郁英)

「ほとけの言葉と写真展 −立ちどまる−」Facebookイベントページ
https://www.facebook.com/events/651508875207999/
「ほとけの言葉と写真展 −立ちどまる−」ウェブサイト
https://hotokenokotoba8.webnode.jp/
木之本カメラ女子の活躍する「長浜ローカルフォト」Facebookページ
https://www.facebook.com/nagahama.lpa/

写真⑧

様々な人が関わり写真展が運営された(Photo by Tomohisa Kawase)