2002真宗の生活

2002(平成14)年 真宗の生活 2月 【同朋(どうほう)

<ともだち>

「真の朋友(ほうゆう)は、互いに相求(あいもと)むる必要がない。ただ(みずか)ら真の朋友たる資格を持てばよい」。明治の念仏者、清沢満之(きよざわまんし)師の言葉です。

いつの時代も私たちはともだちを求めています。最近では、インターネットによって、場所や時間に関係なく、ますます人と人とが簡単(かんたん)簡単に出会えるようになりました。しかしどれほど簡単に出会えても、人間が関係を持つとすぐに悩みが生まれ、関係が深くなればなるほど、そこに葛藤(かっとう)が始まることは変わりません。相手のことを思いやろうとすればするほど、「こんなにおまえのことを思っているのに」と、好きだった思いが、いつのまにか(にく)しみに変わってしまうこともあります。相手を愛する気持ちと、憎む気持ちは対極(たいきょく)にあるのではなく、実は表裏一体(ひょうりいったい)のものではないでしょうか。その根にあるのは、自分の思うようにしたい、自分は傷つきたくないという「()」という執着(しゅうちゃく)です。相手のことで苦しむのではなく、自分の思いに苦しんでいるのです。

相手に求める気持ち、相手に向ける眼差(まなざ)しが、教えに照らされたときはじめて、相手を私物化(しぶつか)していた自分の執着心が見え、同時に互いに求めあう必要のないほんとう(・・・・)のともだち、同朋(どうほう)の関係が開かれるのではないでしょうか。

『真宗の生活 2002年 2月』【同朋】「ともだち」