-ワークショップ形式の「真宗入門講座」に挑戦-

通常、講義・座談、またはクイズ形式で、全国各地で実施されている「入門講座」。金沢教区第6組も、これまではクイズ形式を中心に開催されてきました。

同組は今回で三回目の開催。坂本組長の念頭にあったのは「われわれ僧侶は一方的に教えを語るだけでなく、ご門徒の言葉をもっと丁寧に聞くべき」ということでした。その願いを具体化するための手法としてワークショップを思いついたのです。しかし、スタッフ一同、ワークショップの経験がなかったため、本山企画調整局(しんらん交流館)に助言者の出向を依頼されました。

さらに、講座で取り組む課題は、全国的に関心が集まる「終活」。一般的には、葬儀やお墓、財産相続や老後の住まいなど、家族が主に担ってきた老いと死にまつわる問題を、早い段階から本人が行う「活動」を指しています。その活動をサポートするために、いろんな場所で「終活セミナー」が行われていますが、真宗大谷派の事業としてどのように「終活」に取り組むのか?きっと疑問に思われる方は多いと思います。

金沢教区第6組の「終活」の課題のとらえ方は、一般的な「終活セミナー」と異なっています。それは、仮に墓や相続の問題などを解決しても、「生死出ずべき道」というもっと根源的な課題に目覚めなければ、本当の意味で人生を終えることはできないという視座です。だから、テーマは「本気の終活 -身、自らこれを当(う)くるに、有(たれ)も代わる者なし-」。誰とも代われない私が、真にやるべきことはなにか。それをワークショップを通して共同作業で見つけていこうというのです。

 

-スタッフ事前研修会で気づいた、「終活」の底にある思い-

「スタッフ事前学習会では、本番を想定してのフレームワークを練習しました」
「スタッフ事前学習会では、本番を想定してのフレームワークを練習しました」

3月からはじまったスタッフ事前学習会には企画調整局から一名が出向し、いくつかのフレームワークを紹介し、体験いただきました。スタッフはみなさん若年層。「終活」を自分に関わる課題として考えにくいので、「終活」専門誌の表紙の読み込みを進めながら、「終活」の求めの底にあるものを探し合いました。その作業を通して、「俺たちは今まで、門徒さんから何を聞いてきたんだ。墓とか「終活」のことを言ってる深いところにある思いに、全然気づいてこれなかった。聞いてきたつもりだったけど、ぜんぜん聞けてなかった」というスタッフからの言葉をお聞きし、ご門徒と向き合い、心を響かせ合おうとする金沢のスタッフみなさんの真摯さを感じることができました。

 

-スタッフのフレームワークの習熟-

事前学習会での懸案は、スタッフがどれだけワークに親しむことができるかということでした。講座がスムーズに、そして盛り上がるには、各班の補助に入るスタッフがワークを知っていて、臨機応変の対応ができるかどうかが鍵だからです。でも、回を重ねるごとにフレームワークに慣れ、そのうち「こっちのフレームのほうが初めての人でも考えやすいから、初回でやるといいね。もう一つのフレームは、最終回かな?」と提案しあったり、「ここでは、こうしたらいいですか?」と出向者をサポートするまでになりました。本山出向者は、ワークの練習だけではなく講座内容の検討にも加わり、タイムスケジュールや準備物などについて提案させていただき、本番の講座もスタッフの一人として関わらせていただくことになりました。

「実際にやってみた上で、改良点なども検討します」
「実際にやってみた上で、改良点なども検討します」
「練習とはいえ、考えるのは自分自身の人生。気づきがあります」
「練習とはいえ、考えるのは自分自身の人生。気づきがあります」

 

-会場の雰囲気も小道具に配慮して-

そして先日、いよいよ講座本番の第1回が開催されました。受講者は約40人。これまでの第1回、第2回に比べると15人ほど少ないですが、はじめてワークの手法を取り入れるのでちょうどいい人数です。

受付では、毎回同組が参加者に配布している「入門講座セット」とともに、好きな種類のアメを一個だけ取っていただくようにしました。アメは5種類なのですが、会場に入ると、班ごとのテーブルが5つ。各テーブルに「ハッカ」「青リンゴ」「ピーチ」「レモン」「グレープ」のイラストが貼ってあり、受付で選んだアメの種類によって席が決まるという方法なのです。席に迷わないよう、スタッフが席までエスコートします(中には喫茶店の店員風のエプロンを着たスタッフも)。そのテーブルには、メニューのように「話し合いのルール」が置いてあります。会場内は、静かな音楽が流れ、カフェのような気楽さで、安心して話しながら作業ができるように配慮されています。

 

-深刻な課題。でも、安心できる場づくりと切り口の工夫で、大盛り上がり-

開会はスタッフの挨拶にはじまり、すぐにプロジェクターの映像とさまざまなデータを利用しながら、テーマ「本気の終活」に取り組む姿勢を形作り、みんなで共有します。映像は、先月放映されたNHKスペシャル「人生の終(しま)い方(かた)」、そして「終活」専門誌の表紙。特に、「人生をどう終えていくかということは、今をどう生きるかということ」と語りかける桂歌丸さんのすがたが印象的でしたが、受講者みなさんの表情を見てみると、真剣そのもの。でも決して前向きになれない、そんな雰囲気が感じ取れました。60代から70代後半が中心の受講者層からすると、「終活」は、まさに直面する問題。だけど、できるなら考えたくないというのが実際なのだろうと感じました。この講座が終わる頃、この表情がどう変わっていくのか、スタッフのみなさんも緊張されていたのではないかと思います。

その後、休憩時間をはさみ、ワークの時間へと進みます。こわばった緊張感を解きほぐすために、まずはアイスブレイク。ゲームを通して、その後の作業につなげられるよう、安心して語り合える二人組を作ります。スタッフが積極的に参加することで雰囲気が変わり、一気に皆さんの表情がゆるんで、安心して語り合える関係が作られていきました。その二人組で取り組む作業は、「ライフチャート」。一人ひとりが人生を振り返って、喜びの度合いを年代ごとにグラフ化します。そのグラフをお互いに見せ合いながら、どこに喜びを感じるのかをインタビュー形式で探し合います。このあとの予定では、インタビューした内容を班で「他己紹介」することになっていましたが、インタビューが非常に盛り上がって時間を区切れず、急遽予定を変更し、次の段階へ。

「NHK「人生の終い方」の桂歌丸さんのメッセージに聞き入ります」
「NHK「人生の終い方」の桂歌丸さんのメッセージに聞き入ります」
「たまたまペアになった二人が、お互いの人生の気づきを深めます」
「たまたまペアになった二人が、お互いの人生の気づきを深めます」

 

-スタッフも受講者も、共に苦しみながら言葉を探す-

「ライフチャート」で気づいた自分の喜びポイントを、付箋紙に3つ書き出し、その後、より深い喜び一枚だけを選んで、班の中で出し合います。同類の喜びをグループとして集めて、そのグループを言い当てる言葉を、みんなが納得できる表現が出てくるまで考えます(例 付箋「人 支え合う関係」「信頼される、安定」→テーマ「おだやかな人のつながり」)。それが、私たちが求めている大事なことで、その逆(例 裏切られた時)が私たちにとっての最も辛い時だということが、はっきり見えてきます。

「最後にたどりついた、ある班の模造紙」
「最後にたどりついた、ある班の模造紙」

この表現を探す作業が、今回一番難しかった作業だったようです。日常的な意識の中から鍵となるものだけを選択し、掘り下げ、さらに底にある思いにたどり着こうとすることは、普段の生活にはない体験です。それでも各班のスタッフを中心にあきらめることなくじっと考え続け、難産のすえ、それぞれのテーブルにそれぞれの表現が生まれていきました。しかし、それは「答え」ではありません。さらに思いを深め、自分に真に出会う道のりの、一里塚なのです。だから、どのテーブルも、満足しきった様子はありません。終わったあとも表現を模索しつづけている、そんな雰囲気が漂っていました。

最後に締め語として、司会から、「今日の作業を通して見えてきたことは、表面的な「終活」の問題よりも、もっと深い求めが私たちにあるということです。つまり相続とかお墓のことも大きな問題でしょうが、それは私たちに大きな喜びをもたらさない、そういうことが皆さん自身の作業を通して見えてきたのではないかと思います。それは皆さんが生きてこられた人生を手がかりに見えてきたことです。この求めの深みを尋ねていく道がこれからはじまります。これから第4回まで、乞うご期待!」と、第1回のワークは終了いたしました。

 

-語り合い、うなずき合う場が待たれていた-

受講者の何人もの方が、お見送りするスタッフに「楽しかった」「これからも楽しみ」と、笑顔で感想を伝えておられました。この場は、知識学習とは一線を画した、語り合い、うなずき合う、気づきの共同作業。きっと、こういう場ができることを待っておられたのでしょう。スタッフからは「2時間じゃ短い。もっと時間があってもいいくらい。それくらい、みんな話したいんですよ」と感想を漏らしておられました。組長が願われた、「われわれ僧侶は、ご門徒の言葉をもっと丁寧に聞くべき」という取り組みは、多くの人々の要望でもあったのです。

同組「真宗入門講座」での、「終活」そしてワークショップへのチャレンジは、決して奇をてらったり、時流に流されるような軽薄さはありません。むしろ、人々の深い思いに触れていこうとする真摯さから生まれたテーマと形式なのです。

次回以降、どのように展開していくのか、非常に楽しみです(つづく)。