聞思の歴史の中に(楠 信生)
安冨信哉先生との出会いと別れ

今春、研究所の方から安冨信哉教学研究所長が三月三十一日に急逝されたという電話をいただいた時、驚きと同時に、短いご縁であったにもかかわらず自分でも不思議なほどのさみしさを感じました。そのさみしさは、安冨先生の人柄から来たものであることは言うまでもありません。

私自身、すでに老人と呼ばれる年齢に達しております。これまで色々な先生にお育てをいただきましたが、この歳になって、敬意をもって「先生」とお呼びすることのできる方にまたお会いさせていただき、少なからず喜びを抱いていたものです。

私は二〇一四年九月から二〇一六年六月までの二年間、第二期教化伝道研修で先生とご一緒することができました。先生は青年のような感性を持ちながら、実に紳士的で誰とも穏やかに対応しておられました。あるとき若い人が、先生なら当然読んでおられる本の名を挙げて、「読んだことがありますか」という不躾な質問をしました。その時も顔色一つ変えるでもなく、先生は「この歳になると一通りのものは」と静かに答えられたのです。万事がこのような先生でした。今なお、お会いすることができたことへの感謝の念と、さみしさが交差をしております。

安冨先生は教化伝道研修で、『正信偈』を「真宗僧伽論」というテーマで講義してくださいました。『正信偈』を六回という限られた時間の中、要をおさえ僧伽を憶念しつつお話しくださったことです。安冨先生の講義の場に身を置くことができたことを、今ありがたく思っております。

教学研究所の業務について

教学研究所が日常何をしているのか、必ずしもよく知られていないのが実情であると思われますので、この機会にお知らせをしたいと思います。
まず、教学研究所は、条例によって、次のような業務を行うよう定められています。

一 教学の研鑽
二 教化の推進に関する基本的研究
三 現代の思想、宗教的課題の調査研究
四 必要な資料の蒐集、整理及び編集
五 教化を推進する人材の育成に資する業務
六 その他必要な事項

この業務を行うべく、現在、常勤研究職十名、非常勤研究職七名、事務局三名の体制をとっております。業務内容は、「研究業務」「編集業務」「研修業務」「情報収集・発信・他部門との連携・サポート業務、その他」の四分野に分類しております。これらのいずれも「真宗同朋会運動」の推進に資することが目的です。また、二〇二三年に立教開宗八百年をお迎えする今、立教開宗の意義を確かめることを課題としております。

それぞれの分野について、紹介をさせていただきます。

(一)研究業務については、全体研究として「真宗同朋会運動研究」を、教学・歴史・現状・今後の展望といった種々の角度から研究しています。また、差別問題(是旃陀羅問題)・生老病死・震災と原発などの諸問題について各研究班を設けています。さらに『親鸞聖人行実』の改訂、『解読教行信証』(下巻)の発行に向けての作業をしております。加えて、『近代大谷派年表』改訂(親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讚法要後発行予定)のための基礎作業をしています。これらはどれも、時間を要する作業です。

ほかに、それぞれの課題に応じて、各分野の専門家をお招きして研究会を開催しております。その内容については、後で述べる『教化研究』に反映されています。加えて、『安楽集』の研究会など、諸研究会があります。

研究をする中で、特に真宗と現代の諸問題を、どのような方向で研究していくのかが重要です。現代の問題の中、どの問題を取り上げ、いつまでその問題を研究し続けるのかということです。大切なことは、問題とのかかわり方です。何ごとについても、浄土真宗の教えをいただくものとしての私どもの姿勢が問われているのです。

(二)編集業務については、研究業務に連動して『教化研究』を年二回発行しています。『教化研究』については、これまでたびたび教化伝道の現場の助けとなるものを、という要望があります。教学研究所は、全国の寺院・教会等で活動しておられる方々に直結するものでなくてはなりません。研究機関のための研究機関であってはならないと思います。その意味で、種々の課題を広く深く考える道を諸経論に尋ねながら研究し発信する『教化研究』であることが願われています。お聖教(宗祖の著作・三経七祖の教えなど)によりながら研究してこそ、真宗大谷派の研究機関として、真に伝えるべきことを伝えることになることは言うまでもありません。

また、教学研究所として、毎週しんらん交流館で日曜講演を開いていますが、その講義の中から選んで月刊聞法紙『ともしび』として発行しております。各界の方々が今課題にしておられることを、わかりやすくお話しくださった内容になっています。

(三)研修業務については、教化伝道研修に力をそそいでいます。この研修は、三泊四日、寝食を共にして二年間に六回の研修を受けていただくものです。第一期・第二期を終えて、今また「人の誕生と場の創造」という願いのもと、第三期の準備をしているところです。

この研修の願いは、人と出会い、教えと出遇うことを通して、一人ひとりが勇気をもって念仏の教えを伝える人となっていただくことにあります。念仏の教えを伝えるということは、特別なことを伝えるのではありません。教えによって、気づかないでいたことを気づかせてもらった、他人との関係を開かせてもらったという、出会いを伝えることから始まるのです。

ですから、学ぶ場がない、学び方がわからない、とても教えを伝える自信がないと思っていた人が、自身の出会いを通して、「このことだけは話せる」という人になっていただけることが願いなのです。これが実現するなら、大いなる喜びというべきことです。一歩を踏み出すことのできなかった人から、「教化伝道研修に参加したおかげで聞法の友ができた」「また一緒に研修を受けたい」「研修会で顔を見るとホッとする」という声を聞かせていただくと、目立たない歩みかもしれませんが、大切な研修であることをあらためて感じます。教化特別研修生制度で学ばれた方々と、教化伝道研修修了者との合同研修会も予定しているところです。

さらに、研修業務として「東本願寺日曜講演」「しんらん交流館公開講演会」「高倉同朋の会」を開催しております。

(四)情報収集・発信、他部門との連携・サポート業務、その他。これらは真宗教化センターの願いとも深くかかわることになりますが、宗門の他の部署から種々の教学的裏付けなどの依頼があります。また、教区事業・大谷大学・専修学院等への出講もありますが、これもまた、それぞれの現場から学ぶという点で、教学研究所本来の業務に影響の出ない限りにおいて、大切なことであります。

教学研究所への願い

教学研究所の歴史の中で、はたしてきた役割は、親鸞聖人が開顕された浄土真宗の教えを聞き伝えようとする寺院・教会の活動に資することにありました。そして今、宗門存立の根本的使命である真宗同朋会運動推進の要となることが教学研究所の務めであります。寺院・教会と宗門と、それぞれ存在の意義に差異はあります。しかし、願うところは、親鸞聖人が開いてくださった本願の教えによって、一人ひとりの上に念仏の信心の花が開かれることのほかにありません。そのことを宗門としては、真宗同朋会運動と名づけ、寺院・教会は聞法道場という名告りをしたのでありましょう。すべての寺院・教会に生きる人、ご門徒と共に歩む教学研究所であることを願うものです。

([教研だより(138)]『真宗』2018年1月号より)