金剛心は菩提心 この心すなわち他力なり

法語の出典:「高僧和讃」(『真宗聖典』491頁)

本文著者:多田孝圓(大阪教区圓乘寺前住職)


このご和讃は、七高僧の第二祖であるインドの天親菩薩が出遇われた本願よりたまわったご信心のすがたを讃嘆されたものです。  

 

ご和讃の最初の二行に、「信心すなわち一心なり 一心すなわち金剛心」(『真宗聖典』四九一頁)と詠んでおられます。真実の信心を一心と表されました。  

 

天親菩薩が著された『浄土論』の冒頭には「世尊、我一心に、尽十方無碍光如来に帰命して、安楽国に生まれんと願ず」(『真宗聖典』一三五頁)とあります。親鸞聖人はこの表白のお言葉から、全存在をかけて託することのできる、まことの帰依処をいただかれたのであります。本願他力のご信心、お念仏のおはたらきを無上の喜びとされたのです。  

 

前坊守である母が、お釈迦様ご誕生の日である四月八日に、満百一歳でお浄土に還りました。母は激動の時代、大阪の都心にある自坊を懸命に守ってくれました。戦災で寺は焼失し、戦後まもなく前住職と共に寺を再建中、ジェーン台風(※)で倒壊するなど災難に遭いました。三人の子どもを育てる中、何よりもご門徒の皆さまと共に、お寺はご法座が大事であるということを両親が示してくれました。  

 

母は自坊だけではなく、他のお寺や別院のご法座に出かけ、ご本山の報恩講では総会所に泊まり、早朝御影堂にお参りができることを喜びとしていました。その母も病気になり、病院でお世話になり療養生活が永く続きました。  

 

病院で母に会うと、七十五歳になる息子の私に、まず「お寺はどうや、皆元気か」と声をかけてくれました。それはいくつになっても子どもの私に、お寺をしっかり守っているかという親の願いがかかっていました。  

 

母はベットの枕元に勤行本を置き、朝夕ベットに座り「正信偈」をお勤めしていました。母が毎日手にした勤行本は次第に古くなり、表紙も剥がれようとしていましたが、孫が糊をつけ整えていました。中陰中、法名の前にその勤行本をお供えしました。残された勤行本と、母が日々お念仏を申しお勤めを続けた姿は、母がいただかれたお念仏のお心、「一心すなわち金剛心」を私たちに伝えようとしています。  

 

私たちは生老病死の身を背負い、さまざまなご縁の中で生きています。健康を願い、家族の幸せを願って暮らしていますが、自由にならないのが現実です。我が身を思いどおりにしたいと、自力を尽くしております。私たちは執着から離れることはできません。そのような私たちを見通し、弥陀は大悲の本願を建てられ、お念仏申せと勧めてくださっています。無明の闇を晴らしてくださるのは、智慧の光のみであります。大悲に摂(おさ)められて、自身の有りさまに悲しみを感じる時、ご本願が響いてきます。  

如来はこの我が身に「目覚めよ」と常に呼びかけ続けてくださっています。次々とことが起こる日々の生活の中で、生かされたいのちを尽くすことができない私が、如来の金剛の菩提心に照らされ励まされて、他力の願生道の歩みをさせてもらうのです。ひとえに真の人となれ、仏となれと如来から願われているのです。  

 

お念仏を申し、お浄土に還帰した母の姿から味わいました。  

 

※ジェーン台風・・・一九五〇年九月三日、四国・近畿地方を横断。暴風・高潮で甚大な被害をもたらした。

 

 


東本願寺出版発行『今日のことば』(2017年版【8月】)より

 

『今日のことば』は真宗教団連合発行の『法語カレンダー』のことばを身近に感じていただくため、毎年東本願寺出版から発行される随想集です。本文中の役職等は『今日のことば』(2017年版)発行時のまま掲載しています。

 

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