ラオスの少女
(木全 琢麿 教学研究所助手)
ふとした瞬間に、自分自身を卑小な存在だと感ずることがある。そして、その多くが他者の親切心に触れた時であったという事実は、私にとって単なる偶然ではないように思う。恐らく、私は他者との関係において自分の実像を知らされてきたのだろう。
もう何年も前の話になるが、バックパッカーの真似事がしたくなり、アジアを旅することにした。日本を発つ前に準備したのは「神戸―天津」のフェリーチケットとベトナム滞在に必要なビザだけである。目的地のない行き当たりばったりの旅であった。
旅の中途でラオスに寄った。私の訪れた首都ビエンチャンは、仏教文化を土台にした牧歌的な都市である。公共交通機関が十分に整備されていないため、レンタルバイクを利用して観光することにした。借りたバイクは走行に支障はないが、燃料計が故障しており、ハンドルを切るたびに針が左右に振れた。
バイクを駆けて観光名所を経巡った。夕刻になり、辺りが暗くなり始めたので私は市街地に戻ることにした。その帰路、ちょうどワットタイ国際空港の正門前を通った時に、突如バイクがエンストを起こした。故障していると思っていた燃料計の針が「E」を指している。私は困惑した。地図で調べると、空港と市街地は約六キロも離れていた。とてもバイクを引きずっていくことはできない。
その時、空港の敷地に隣接する荒ら家の車庫で、小学生と思われる少女が弟と泥遊びをしている姿が目に留まった。最寄りのスタンドでも聞ければと思い、私は駆け寄って声をかけた。そして、自分の置かれた窮状を拙い英語と身振りで必死に訴えた。すると、少女はラオス語で何かをつぶやくと、最後に「マネー」と言って手を差しだしてきた。私が数枚の紙幣を渡すと、少女は自宅の原付バイクに弟を乗せ、どこかへ行ってしまった。十分ほど待っていると、透明の容器にピンク色の液体を入れて二人は戻ってきた。驚くべきことにガソリンを買ってきてくれたのである。給油口にその液体を注ぎ、キーを回すとエンジンが息を吹き返した。私は安堵した。謝意を示すと少女も喜んでくれた。
すぐさま出発の準備に取りかかる私に、少女は何か言いたそうだった。嫌な予感がした。これまでの旅の経験から、私は少女から金銭を要求されることを予期したのである。けれども、それは拗ね者の杞憂であった。差しだされた少女の手にはつり銭が握られていたのである。私は自分を恥じた。せめてもの感謝の印として、そのつり銭を受け取ってもらおうとしたが、少女は首を横に振った。そして、「ドントマインド」と言って優しく微笑んでくれたのである。
市街地に戻る道すがら、私は「ドントマインド」という柔らかな響きと、自分自身に対する嫌悪感を同時に味わっていた。いかに自分が偏見をもって他者と対峙しているのか、そのことをラオスの少女が教えてくれたような気がした。少女の存在は単なる思い出を超えて、今もなお、大切な何かを私に呼びかけ続けている。
(『ともしび』2025年2月号掲載 ※役職等は発行時のまま掲載しています)
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