なき人をしのんで
親鸞聖人は「死ぬ」ということを、「娑婆の縁つきて」と言っておられます。死を縁がつきることだとひと言でいいきるご心境のすばらしさに、いまさらながら驚かされます。すべては縁だとおっしゃるのです。いわれてみれば、それ以外にはありません。この世に縁のあるかぎりはこの世におらせていただきます。この世の縁がつきたならば、なごりはつきませんが、死なせていただきましょう。そこには何もとどこおるところがありません。事実のままを生きゆく聖人のおすがたです。まったく淡々として「死を視ること帰するが如し」です。しかし、これは死を願い、お浄土を恋しく思う厭世の情ではありません。いささかの病いでも「死なんずるやらん（死ぬのではなかろうか）」と心ぼそく思われるのが人間の本心です。しかし、すべては縁次第だということは、望ましく思う心も、また厭わしく思う心も、そういう人間の思いをすべて仏におまかせして、事実のままに生死せしめられる、ということです。私がどのように思おうとも、事実は厳然と私の前にあらわれてまいります。縁によって私にあらわれた事実を、事実のままに生死していく力が、お念仏の力ではないでしょうか。
聖人は「宿業」ということをいわれますが、宿業の自覚とは、この自分に与えられた「縁」をありがたくいただいていく、ということのようであります。聖人は、宿業のままに「縁に生き縁に死する」というはっきりした死生観に住しておられるのであります。
私たちは、いくら死をきらっても逃れることができるものではありません。そういう人間の思いのあだなることを教えるものが、この「縁」という思想です。この世に縁がつきたことを「死」というのです。縁がつきようとしているのに、まだ生きたいと焦燥するほど痛ましい苦悩はないでしょう。
子どもであろうが年老いたものであろうが、そして、病気で亡くなっても事故死であっても、またたとえ死にざまがどうであろうとも、縁に生き、縁に死んでいった人生です。なごりはつきないのですが、ありがとう、ありがとうと、見送りましょう。死ぬということは「無」に帰することではなく、もう死なない、本当に生きた人として、二度と私から離れることのない存在になっていることに気づかされるでしょう。
『なき人をしのんで』（東本願寺出版）より
東本願寺出版発行『真宗の生活』（2020年版⑫）より
『真宗の生活』は親鸞聖人の教えにふれ、聞法の場などで語り合いの手がかりとなることを願って毎年東本願寺出版より発行されている冊子です。本文は『真宗の生活』（2020年版）をそのまま記載しています。
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