福島県富岡町夜ノ森駅。到着してすぐ、南北を横断する桜並木が出迎える。春先には多くの記者が取材に訪れる桜の名所として知られる通りを横切る道の先に西願寺はある。昨年12月に再建したという本院で、住職の吉田信さんにお話をうかがった。

 震災にも耐え抜いたという鐘楼堂を正面に構えた本堂へ入ると、奥の窓際に板書が残った黒板が置かれていた。2011年の3月11日、本堂を会場に宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌法要に参拝するための事前講習会を開いていた。講義が終わった矢先に揺れが起こり、講師や参加者と共に、住職も避難を余儀なくされたという。

震災を耐え抜いた鐘楼堂
黒板に残された板書

 「書かれたものを消そうと思えば簡単に消せるしいつかは消すつもりですが、ここにいらっしゃる方に思い巡らせていただくのも大切かと思い残しております」と当時の板書を前に住職は語られた。

 震災後いわき市に分院を設けて、避難されたご門徒さんを前に法務を続けていたというが、その後富岡町の避難指示解除が始まってから、被災後残っていた本堂を2021年に解体し、更に2年後の2023年6月から再建を開始した。再建途中の畳や板張りが不完全な本堂でも、法要は勤めていたという。内陣のお飾りはその都度持ち込み、椅子やスロープを活用して土足でのお勤めをしていたそうだ。

 本院が完成すると、本堂の角にソファやテーブルを配置し、飲み物を自由に飲めるスペースを作った。完成を知って訪れたご門徒が歓談や休憩する場所として使われているのを見て、人が集まる場所としての寺院のあり方をより重視するようになった。

 新しい本堂では震災前の西願寺で勤めていた修正会や春・秋の彼岸法要、お盆の法要などを順次始めていくつもりでいる。新しい何かを始めるよりも、ある程度の基盤を作るかたちで、かつてのお寺の姿を取り戻すことを思案しているとのことだ。

 取材の終わり際に西願寺のこれからについて住職にお尋ねしたところ、「富岡の町に帰ってきてくれとまでは言わない。少しでもご門徒さんがこの新しい本堂にお出でになってくれることが一番の思いです」と願いを述べられた。

 東日本大震災から14年を迎え、復興が進展しつつある今も取り戻し難いものがある。人口流出や風評被害など被災地の抱える課題が未だ残る中で、新たに歩み出そうとしている寺院があると感じた取材となった。

住職の吉田信さん

(東北教区通信員・藤原 了)


『真宗』2025年4月号「今月のお寺」より

ご紹介したお寺:東北教区浜組西元寺(住職 吉田 信)※役職等は『真宗』誌掲載時のまま記載しております。