4月17日から20日にかけての4日間、大阪市中央区の難波別院(通称:南御堂)において、「大阪教区・難波別院 宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃法要」が勤修されました。
教区慶讃テーマ「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう みんなに願いがかけられている」を掲げ、約4年にわたる企画・準備を経ての開催となりました。「日頃からお寺や別院にご縁のある方はもちろん、まだご縁のない方にも参加いただける機会にしたい」との願いにより、お待ち受け期間から法要、教化事業、記念事業、広報、団体参拝の計画、記念品など、多方面にわたる取り組みが結実し、4日間でおよそ3,000名という多くの方が参詣されました。19日と20日は大谷裕新門が法要の導師をつとめ、20日は参堂列(稚児行列)が執り行われました。また、と20日は、難波別院本堂等の耐震およびバリアフリー化の大型工事の完了に伴い「修復奉告法要」もあわせて勤められました。
昨年10月28日に除幕されたモニュメントが出迎える白洲には、キッチンカーやワークショップなどが、賑やかに並びました。特に、主催者である教区慶讃法要委員会の「今回の法要が能登の被災地に思いを寄せる機会となるように」という願いにより、能登地方の特産品を扱う模擬店が並び、訪れた人びとの目を楽しませていました。各日の法要前、17日には「慶讃供茶と南御堂茶会」、18日には「仏教讃歌演奏会」も開催され、また19日には帰敬式が執り行われました。
法要ではまず、表白において「人類の歴史に先立つことばとして、私たちに与えられた南無阿弥陀仏を、聖人は確かに受けとめられ、その感動を「正信偈」に書き残してくださいました」と確かめられました。そしてその「正信偈」が満堂の参詣者による同朋唱和で響き渡ると、八百年の時を超えて親鸞聖人に出遇うことができるという事実に、深く胸を打たれる時間となりました。各日の法話では、17日に川村妙慶氏による「私が私であってよかったと思える生き方」、18日に山田恵文氏による「親鸞聖人の願いを尋ねて」、19日に作家の高橋源一郎氏による「未来のヒト、親鸞」、20日に一楽真氏による「本願の呼びかけ」という講題で、それぞれの親鸞聖人との出遇いとご自身の課題とを交えた、深く心に残る法話がなされました。
法要終了後の参詣者には笑顔が溢れ、「楽入りのお勤めの迫力に圧倒されました」「ずっと聴いてみたかった先生のお話を聴くことができて嬉しかったです」「こんな大切な機会に出遇わせていただけるなんて思ってもいませんでした。痛む足を励ましながら来てよかったです」などの声を聞かせていただきました。企画準備に携わった慶讃法要委員会をはじめ、多くの方々の思いによってこの場が開かれていることを実感しながら、あらためて自らの歩みを確かめる、気づきに満ちた4日間となりました。
法要終了の翌々日、とある会議で再び難波別院を訪れた筆者は、モニュメントやテントが撤去され、すっかり元の静けさを取り戻した白洲を眺めながら、教務所員のお一人と言葉を交わしました。「本当に終わったんですよね。今となってはなんだか夢だったみたいな気がします」と語るその人の声には、大きな事業を終えることのできた達成感と少しの疲れ、そして大切なものを受け取ったという余韻が滲んでいました。大阪教区では2025年を「慶讃Year」と位置付け、各種講座や奉仕団、子どものつどい、青年のつどい、夜通しの聞法会、記念フォーラムなど、さまざまな事業の開催が予定されています。
(大阪教区通信員 高名 等)