30.真宗の要 ―仏さまとは―

木名瀬 勝(東京教区)

 浄土真宗を学ぶ機会に恵まれた29歳の時、ぼくはいきなり入り口でつまずきました。その理由は、ぼくだけではなく、親鸞の教えに初めて触れたいと思っている現代人の多くも感じていることではないかと思っていますので、このテーマにしました。

 ぼくは高校生の頃から生きている意味がわからないという虚しさを抱えて、大学時代は東京都内の4畳半のアパートに引きこもって、さまざまな思想・宗教書に答えを探し、仏教についても髪を剃って座禅の真似事をしたり写経や読経を試したりしていました。その後、会社員になって仕事や趣味に没頭しても、胸の奥から乾いた風が吹いてくるような虚しさの感覚は消えることがありませんでした。

 ですから、親鸞さまが比叡山での20年間の修行に挫折して生きる道を見失い、29歳の時に、「称名念仏一つ」を説く法然上人をたずねたことに、とても共感しました。どんな時代の若者も、思春期に芽生えた人生の問い、例えば、ぼくって何者か、何のために生まれてきたのかという疑問は、青春の終盤である29歳頃に熟すのかなと思ったわけです。

『歎異抄』には、親鸞さまが法然上人から受け取られた教えが簡潔に述べられています。

親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。(『真宗聖典』627頁)
(わたくし親鸞においては「もっぱら念仏を称えて阿弥陀仏にたすけていただきなさい」という法然上人のお言葉を信じるほかに特別なことは何もありません。)

 ところが、ぼくはこの「ただ南無阿弥陀仏という言葉を称えて阿弥陀仏にたすけられなさい」という説明に困惑しました。自分が知っている仏教とまったく違うように感じたのです。浄土真宗は仏教の中でも特殊なもので、やはり座禅などの修行ができない人のための教えなのだろうか、しかも阿弥陀仏に救われるというのなら、キリスト教のような一神教の神さまと同じではないかと怪しんだのです。お寺につどう方々も当たり前のごとく「阿弥陀さまと出会う」とか「仏さまに導かれて」と語り合っていましたから。
これが冒頭で申した「いきなり入り口でつまずいた」理由です。

 そもそも「阿弥陀」という言葉は、古代インド語のアミタという言葉の音を漢字に置き換えたものです。ア(阿)は非・無・不可という否定をあらわし、ミタ(弥陀)は思い量るという意味なので、人間には思い量ることができない、不可思議としか言いようがない「真実の世界」を阿弥陀と表現しているわけです。

 しかしながら、そう言われても、そこに「仏」と付いているので、子どもの頃から手を合わせてきた無数の仏像を思い浮かべてしまいます。薬師仏、釈迦牟尼仏などのたくさんいらっしゃる仏さまのお一人が阿弥陀仏なのかとか、さらには阿弥陀仏はいるのかいないのか、いるのならどこにいるのかと想像してみたり、あげくの果てには、そんな仏さまは、迷信深い昔の人ならいざ知らず、現代人には通用しないではないかと疑ってみたり。この軽視とも言える感覚がぼくにはずっと残りましたが、これこそ仏教に対する大きな誤解でした。

 「真実の世界」とは、神・預言者の物語である『旧約聖書』と同様に、仏さま・菩薩さまの物語(経典)で表現され、時代を超えて伝わってきました。けれども、人間の姿をした仏さまと対面している場面を思い描いて「仏と出会う」ことを求めているかぎり、物語の本当の意味に触れることはできません。そんなぼくたちのために、親鸞さまは物語に隠された真実、「仏とは何か」ということを明確にしてくださったのだと思います。

 親鸞さまが作詞された『正信偈』という歌があります。浄土真宗のエッセンスがあらわされていて、「帰命無量寿如来 南無不可思議光」という句で始まります。これを毎日歌うことが、日常生活の中で真宗の教えを学ぶことでもあります。そこに、

重誓名声聞十方(『真宗聖典』204頁)
(重ねて誓う、わが名が声となって十方世界の衆生までゆきわたって聞こえることを。)

とあります。私の名を聞くものを摂め取って捨てないと、阿弥陀仏は誓いを建てました、という意味です。

 名前は声となって響かなければ誰にも聞いてもらえません。確かにぼくは声を聞いてきました。おばあちゃんがナンマンダとつぶやいていた。となりの人がナンマンダブと手を合わせている。そして「ナムアミダブツ」と称えるぼく自身の声が聞こえます。声となって私の上に届いている「南無阿弥陀仏」が、仏なのです。

 これが「仏に会う」ということです。「会う」とは、仏さまと向き合うことではありません。「阿弥陀仏に南無せよ」という呼びかけを聞いて対話することなのです。思えば、いつでもぼくは頭の中で、こうすればいい、でも難しい、やるべきだ、でも失敗するかもと自分と会話してきました。自分を相談相手にしていたわけです。理想の自分と現実の自分とに引き裂かれて孤独な対話を繰り返してさまよってきたのです。

 親鸞さまは南無阿弥陀仏という呼びかけを、「帰命無量寿如来」と聞き取られました。「無量寿に帰命せよ」と。「南無」はナマスという古いインドの言葉であり、「帰命」と訳します。ですから、「帰命」とは「帰れ」という命令です。深い山の中にある標識のように、「帰れ、無量寿へ」という呼びかけは人生の道しるべなのです。

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