「教化伝道研修」第三期は当初、二〇一八年七月から二〇二〇年六月の二ヵ年で実施される予定であった。しかし、新型コロナウイルス感染症の状況に鑑み、研修期間を一年延長した。三年間の学びの報告として、去る二〇二一年五月十八日から二十日、公開研修報告会をオンラインで開催した。報告会前には、研修生全員(二十九名)が修了レポートを提出している。ここに、代表者一名の修了レポート要旨を掲載する。
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研修を通して見えた私の姿
白木澤 真一
(仙台教区仙台組 玉蓮寺)
はじめに
紆余曲折の三年間を経て、教化伝道研修を終えた。学びを振り返ったとき、改めて学びから私の生き方を確認していく必要があるのではないかと感じた。その理由は、第一回研修で講義をいただいた酒井義一先生の「法話はどれだけ自分を通せるか、自分を出せるか」という言葉から法と自分との関係を問われたこと、そして第六回に出講いただいた伊藤元先生から「教学を観念に貶めている」というご指摘を受けたことである。教えと私が離れたとき、教化伝道の学びが「真の学び」ではなくなり、研修が終わる寂しさ以上に、「真の学び」に気が付けなかった私自身に悲しさを感じた。
そして「分断」ということを私自身の研修課題に置いてきたが、やはり自らの生き方を通さなければ、この課題も無意味なものになってしまうように思う。
一、私の生涯
私は、両親共働きのごく一般的な家庭で育った。大学卒業後は、金融機関へ就職、その後転職し、警察官になる。人生安泰だと思ったが、警察官の仕事は、人の喜怒哀楽や罪、生き死にを目の当たりにする出来事ばかりであった。自らの人間性が試される場面が多く、ここで職業と生き方は離れるものではないと感じた。後に結婚が縁となり、妻の生家であるお寺に入る。ここが私と真宗との出会いとなった。結婚から二年後、住職であった義父が亡くなり、住職を継承した。右も左もわからない中、研修に縁を得たことは有難いことだった。
二、直面した苦しみ
住職を継承し、苦が一気に噴出した。金融機関や公務員は成果さえ上げれば、何も問題なくやり過ごせた。それがお寺となると成果が何であるのか見いだせず、何をすればいいのかもわからず苦しんだ。
その苦しみがよりせまってきたのが、お寺で毎年勤める東日本大震災追悼法要であった。私は京都で生まれ育ち、二〇一五年に結婚し、入寺した。よって東日本大震災を経験していない。しかし、お寺では毎年追悼法要が勤まる。法要の中で、特に法話の場は苦しい。震災を経験していない私は、相手にされないのではという疎外感を抱いていた。さらに被災地の現状が私を追い込んだ。被災地では「分断」が問題になっていた。他者と自らの境遇を比較することによる分断である。その分断から生じる空気は、震災を経験していないものが、本当にここにいてもいいのだろうかという葛藤を私に起こし、苦しみとなった。
三、励ましに遇う
この追悼法要に対する気持ちは、第五回研修後にレポートで記述し、『真宗』(二〇二〇年四月号)にも掲載いただいた。掲載後、有難いことに同じ教区の方々から励ましの声をいただいた。励ましに遇うと、これまでの疎外感は私の一方的な勘違いであったと気が付かされた。このことが、私が「私」に疑いの目を向けるきっかけとなった。励ましの声というのは、その言葉の意味を超え、その人との関係から届けられたものであり、そこに「御同朋」ということを感じた。
四、一人の大切さ
第六回講義「真宗における僧伽」において、伊藤元先生から「真理はふたりからはじまる」という言葉をいただいた。他者との関係を通して真理が我が身にはたらく。励ましもふたりいなければ起こりえない。この他者とのつながりは、私一人の思いを気付かせ、救うはたらきであった。当然、ここでいう他者は目の前にいる人だけではなく、歴史を生きた人も然りである。励ましにより私の我執に気付き、私の我執は、被災地の「分断」という問題にまで繫がっていた。同一の時や場所を共有していないという劣等感に落ち込む私の姿が、まさに被災地の分断の問題と同質であった。この私が一人の大切さ、そして御同朋を見失うことで分断を生んでいた。「自らの姿を知らされたことで悲観的になる必要はない。劣等感を抱えるからこそ、劣等感を超えた存在意義を感得させていただき、そこからまたあゆみが始まるのだ」と研修の様々な場面で教えられた。
五、私の正体を知らされる
劣等感をもつ私がはっきりしてきたことで、「分断」の正体がはっきりしてくるのではないか。これまで被災地における「分断」の姿を見聞きし、私自身もその分断の真っただ中にいる不安を感じてきた。分断の正体を知るには、自分に目を向けることが大切である。そして自分に目を向けるときに重要なのは、研修において一貫している「聖教を学ぶこと」から離れないということではないか。聖教から離れて自己をみつめるならば、情けなく、だらしない姿に沈むしかない自分にぶち当たる。しかし、聖教を通して届けられる如来大悲によって、自己のあり方が知らされ、同時に劣等感から問い返される自己の姿に出会い、不安や分断の正体を知ることとなった。
劣等感から問い返された私は一体何であるのか。その正体の一端をいただいたのは、奉仕団研修の時であった。その研修では五畏怖についての話があった。人間は死ぬ怖れと同じくらい社会から疎外される社会死を怖れていることを教えられた。優劣、損得、善悪でつながった関係では、自分が良いと思う方向へいかなければ、孤独でしかない。私の人生はまさに損得や善悪が基準で、その基準で他者と私を比較し、基準から外れ、劣っていないだろうかという怖れと苦しみを深めながら生きていた。これが私の抱える「分断」の正体である。正体を知らされるということは、必ずその反対に真実の教えがあり、その教えが、迷う私の道標となる。
六、人の誕生
教えに知らされた真の私に出会うことは、研修で確かめられた「人の誕生」という願いに直結すると感じる。私の人生は損得、勝ち負け、優劣といった我執に貫かれたものである。我執は研修を受けたことで消えたわけではなく、今もこの我執で苦しんでいる。しかし私に、我執を中心に生きているということに気付かせてくれた出遇いがあった。たまたま真宗の教えに出会い、教えの言葉をいただいた。苦しむ自分を立ち上がらせる問いかけに出会ったことは慶ぶべきものかもしれない。
おわりに
教化伝道研修では「真宗同朋会運動」から「平和」「いのち」「差別」「僧伽」というテーマで、様々な学びの場を得た。一つひとつの場が私のあり方を問いかける大切なものとなった。
私の人生を振り返りながら、研修を重ねてきたが、講義や座談の場で出会った言葉によって、これまでの人生は決して無駄なものではなく、大切な時間であったと、我が身に響いてきた。「教え」の中で生き、問われ続ける人生を歩む、大切なことをいただいた教化伝道研修となった。
私には僧侶人生において大切にしている言葉がある。義父が死の直前に遺した「生きることも死ぬことも一緒です。お念仏を大事にしてください」という言葉である。念仏の歴史を歩まれた方より「人の誕生」を願われている。その願いに出遇っていくことが、これからの私の歩みとなる。