声に聴く─ハンセン病家族訴訟で問われたこと
真宗大谷派ハンセン病問題に関する懇談会・広報部会チーフ(京都教区) 谷 大輔
ハンセン病問題についてご意見をお聞かせいただく機会が少なからずあります。ある方は「ハンセン病問題は終わったことなのではないのか」と言われます。またハンセン病問題に関する研修会にお誘いした時に、「私は何回も療養所に行ってたし、研修もしてきた。だから、ハンセン病問題についてはよく分かっている。参加は遠慮します」という声も聞きました。
「終わった問題」、「よく分かっている」。この二つの言葉が、我々が様々な社会の問題と関わるときに陥りがちな課題を表しているように思います。
二〇一九年九月十三日~十四日、富山県で開催された全国交流集会において、ショートレクチャーとして、ハンセン病家族訴訟の原告お二人がご自身の思いを語られました。原告団長の林力氏は体調不良で参加がかなわず、代理の人が文章を読み上げられるかたちでしたが、原告の一人原田信子氏は壇上に上がり精一杯自分の思いを言葉にされていました。
林氏は、ハンセン病を発症し療養所に入所した父から「父を隠せ。ハンセン病患者が身内にいることが暴かれれば不幸になる」と手紙で言われ続け、父を亡き者として生きてきた過去を語られました。また原田氏は、父がハンセン病療養所に強制収容されてから、母と共に差別・偏見にさらされ、極貧の中で生活されたこと。「こんな辛い目にあうのは父のせいだ」と父を恨み、父と面会した時「あんたのせいで…」と口に出してしまったことを語られました。
日本のハンセン病隔離政策とその根拠となった「らい予防法」を憲法違反であったとした二〇〇一年の熊本地裁判決から十七年を経た今も、ハンセン病についての偏見が日本社会に深く根強く残っており、今なおハンセン病回復者とその家族を苦しめ続けています。
二〇一六年二月、その原因がどこにあるのかを明らかにし、国にその責任を認め、謝罪と賠償を求め、ハンセン病回復者の家族五六八人が訴訟を起こしました。そして、二〇一九年六月、熊本地裁はハンセン病隔離政策によって、患者だけではなくその家族にも被害があったことを認める判決を示しました。
家族裁判が我々に教えてくれたことは、基調講演をされた黒坂愛衣氏の言葉で言えば、「ハンセン病家族は・当事者(ハンセン病にかかった人)・の関係者などではけっしてなく、かれら自身が「家族」という当事者」であるということです。強制隔離政策によって差別・偏見が浸透し、日本社会全体がハンセン病患者を排除する意識を拡大しましたが、それはその家族を社会から排除する意識となり、排除する行動となりました。原田氏は「父が療養所に収容された時から生活が一変した。母親は仕事を辞めさせられた。自分は学校で壮絶ないじめにあった」と語られました。家族への排除の意識と行動が人生への被害を深めていったことを表しているように思います。
また家族裁判を通して、家族に対する被害がいかに多様だったかということを教えられました。社会から直接的に差別されたという被害もあれば、家族の関係が破壊させられた被害もあります。また家族にハンセン病患者がいることを知らなかったけれど貧困の中で育ち、後になってそのことを知らされたということもあります。それぞれの家族が人生について語られる言葉の端々にその人の苦悩を感じさせられますし、その背景にある差別・偏見の残虐さを教えられます。
ショートレクチャーの最後に林氏は「家族がハンセン病患者だったことを、茶飲み話で語ることのできる社会にしていかなければならない」と文章を結ばれ、原田氏は最後に「私たち家族が、残る人生を偏見や差別におびえることなく、安心して生きられるような社会にしてほしい」と語られました。お二人とも、くしくも同じ内容のことを我々に訴えてくださっています。私たちが生きている今という時代・この社会は、家族にハンセン病患者がいたことを軽々に話せない、ハンセン病回復者やその家族が安心して生きられない現実があるのです。
ハンセン病回復者や家族の裁判では「勝訴」というかたちで終結が見えたかもしれません。しかし、今の社会がハンセン病に関して差別・偏見がなくなったのでしょうか? 回復者や家族が病歴に関して、人を選ばず安心して口にできる社会でしょうか? 林氏や原田氏の言葉を通して、残念ながらそのような社会ではないと言わねばなりません。ハンセン病に関する差別・偏見がある以上、「終わった問題」であろうはずがありません。
また我々の大きな問題は、ハンセン病問題の研修を通してその歴史や被害の様子を学習し、数回療養所を訪問し入所者の声を聞いたから、自分はこの問題を「分かった」としてしまうことなのでしょう。そういった我々の思い込みは人生について語られる言葉が破ってくれます。いかに自分はこの問題について無知であったのか、全く理解できていなかったのかを教えられるのです。
ハンセン病問題との関わりに終わりなどありません。回復者や家族の声の聞こえる場所に身を置き続ける交流と学習の大切さ、さらにはそこからの行動の重要性を改めて考えさせられます。
真宗大谷派宗務所発行『真宗』誌2020年2月号より