親鳥のこえ
(三池 大地 教学研究所助手)

二〇二一年の夏、私の学場は、宗門大学から教学研究所へ移った。母校には、十年間お世話になり、その間は多くの人に支えられた。特に両親の精神的・経済的支援が大きかったと感じる。入所を機に、心配をかけ続け、そのたびに寄りそい続けてくれた両親に、これから恩返しができると考えていた。それと同時に、今までの恩を急ぎ返さなければという思いも、私のなかで混じり合っていた。
 
──職場から帰宅する道中、赤信号で立ち止まった。横に植えられた一本の街路樹を見上げると、一羽の鳥が私に向かって威嚇するようにこえを発していた。鳥の後ろに視線をずらすと、巣のなかに三羽の雛が大人しく座っている。親鳥は、急に立ち止まる私を敵だと感じたのだろう。鳥のすがたから、子を護ろうとする親心がひしひしと伝わってきた。そのすがたを見て、ある言葉を思い出した。
 
私の母校では、毎月「きょうのことば」が門の掲示板に張り出される。在籍当時、その掲示板に次の標語が掲げられていた。
 

あまりにも急いで恩返しをしたがるのは、一種の恩知らずである。(岩波文庫『ラ・ロシュフコー箴言集』七一頁)

 

自身の思いが否定されているようにも感じるこの言葉に、思いをめぐらす。
 
「〈急いで〉恩返しをしたがる」ことは、受けた恩(借り)を返し切ろう(返済)とする、浅慮な言動であり、相手のことを考えない一方的な思いで成り立つ関係のように感じた。しかし、人と人とのつながりは、返し切ることのできない恩を感じて生きていくなかで、維持されているのではないか。
 
私のなかで、さまざまに問答が繰り返される。
 
「急ぐ」私の気持ちは、親心を自分の尺度で一方的に受けとめ、私を縛るようなものとして捉えた心から生じたのかもしれない。いや、そもそも、親心をわかったような気になり、恩返しができるという傲慢なすがたがあったのだと思う。
 
親鳥のこえは、お世話になった方々に対して、急がず焦らず、謝念の意を伝えていきなさい、と呼びかけているように聞こえた。ああそうか。私たちは、到底返し切ることのできない育みを与えられていたのか。信号はなお赤く光っている。
 
(『真宗』2021年12月号掲載 ※役職等は発行時のまま掲載しています)
 

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