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外部環境分析のフレームワーク。思わず目から鱗が落ちる意見も寄せられ、楽しみながらも充実した分析になりました。

 

2015年12月15日から16日の期間に、豊橋別院と三河別院を会場として、第1回岡崎教区ウェイクアップセミナー「お寺の元気塾」が開催されました。

今回の「お寺の元気塾」は、井出 悦郎さん(一般社団法人「お寺の未来」代表理事)と松本 紹圭さん(同副代表理事・「未来の住職塾」塾長)をご講師にお迎えし、経営学の知識や手法などを用いて寺院の運営を改めて見直し、寺院や地域の特性を活かしながら、寺院とご門徒が互いに元気になっていくような「お寺の在り方(寺業計画)」を作成することを主たる内容として、全4回のプログラムで進められます。

 

【お寺の立ち位置を知る】

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松本 紹圭氏(お寺の未来副代表理事)

初回となる今回は、「お寺の立ち位置を知り、方向を定める」というテーマのもと、政治経済や近隣地域の様子などお寺を取り巻く環境(外部環境)の変化を客観的に分析しつつ、お寺が持つ組織や人の繋がりなどの眼には見えない強み(無形の価値)をとらえるフレームワーク(枠組みに基づいて思考の在り方を整理すること)などを具体的な手法としながら、現在のお寺の立ち位置から将来の目指すべき方向までを一貫するような「お寺の使命」を構築するために必要な視点と技術を学びました。

講義では、①ご先祖等の我々に先立たれた方々への思いを受けとめ、②心のよりどころとなる教えを確実にお伝えするとともに、③社会からの信頼を得られるような堅実な運営をして「安心」を提供することが、これからのお寺運営を考える重要な視点となることが確認されました。そして、その視点から、歴代の寺族や門徒が守り続けてきた大切な思いに、「受け手」となるご門徒の声を重ねて、お寺にはどのような役割が期待されているのか、如何なる「価値」を提供することが求められているのかを十分に踏まえたお寺の「使命」を、ご門徒とともに構築することが重要であるとのお話をいただきました。

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井出悦郎氏(お寺の未来代表理事)

お寺の「使命」と聞くと、「真宗の教えを伝えること」と考えるのは自然の事です。しかし、真宗大谷派のお寺である上で「教えを伝える」というのは必ず為すべきことであって、「使命」とはさらに一歩踏み込んで、真宗の教えを伝える活動(教化)によって「受け手」となる方々が何を得ることができるかを考える必要があります。それは、「受け手」がお寺に対して求めること(価値)は何かを考えることとも一致するもので、例えば「安心」や「生活のやすらぎ」といったように極めてシンプルな要求であったりします。「教えを伝えること(教化)」をもって「受け手」にどのような価値を届けるのかがお寺の「使命」となるのであり、当然「受け手」に伝わり得るような表現でなければその意味を成しません。シンプルでありながら、素直に提供する価値が伝わる言葉で表現された「使命」が、具体的な施策までを貫く寺院運営の柱になるのです。

そして、その「使命」を構築する上で欠かせないのが、「外部環境」や「お寺の強み(無形の価値)」です。

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フレームワークに基づいた話し合いの様子。一定の枠組みで共通意識を持ちながら建設的に協議することができるため、充実した議論を重ねることができました。

刻々と社会状況が変化していく中で、人の価値観も多様化していきました。これまでは、当たり前のように思われてきた「地縁」や「血縁」によるコミュニティも都市部への人口流動などの影響を受けて次第に崩壊し始め、「お一人様」と呼ばれるような独居の高齢者や生涯未婚者などが増加するといった将来予測が立てられています。しかし、重要なのは、その現象を見て闇雲に危機感を抱くのではなく、その現象や将来予測が、数年後の寺院の在り方やお寺とご門徒との関係などにどのような「示唆」を与えるのか(「脅威」となるものなのか、「機会」にもなりうるものなのか)を見定めることです。

その社会環境の変化(現象)を点検し示唆を読み取るための整理をするのが、「外部環境分析」というフレームワークです。今回は、その代表的な手法である「PEST分析」と「ファイブフォース分析」が実施されました。

「PEST分析」とは、政治・経済・社会環境・技術の大きな変化がお寺に与える影響を読み取る分析手法で、各々の世界がどのように変化し、それがお寺の運営にとっての「機会」となるのかあるいは「脅威」となるのかを見極め、社会の大きな潮流を掴みながら大きな方針や長期展望を考える上での示唆を得るものです。また、「ファイブフォース分析」とは、お寺を取り巻く周辺環境に着眼し、お寺に関係する人やパートナー(ご門徒・近隣のお寺・宗派や本山)、お寺の事業に影響を与える競合相手(他宗教・葬儀ビジネスなどの競合サービス)の様子や変化を客観的に確かめ、そこに示される「機会」や「脅威」を枠組みの中で整理しながら方針の具体化や詳細な戦略構築に役立つ示唆を獲得することを目的とするものです。

ご参加いただいたご門徒には、企業にお勤めだった方や現役の企業役員の方もおられ、こうした分析方法を企業運営の場で経験された方も多く、ご門徒がリーダーとなって見事な示唆を読み取られる場面もありました。また、寺族であるがゆえに気付く機会や脅威も多く、寺族と門徒の双方向から見ることによって、より一層説得力を増した示唆を得ることができました。

 

【方向を定める】

【A3】寺業計画書シート_真宗大谷派ウェイクア
「お寺の元気塾」で使用される「寺業計画書」の枠組み。「使命」から具体的な施策に至るまでの流れが的確に整理できる枠組みが設けられています。

そして、「使命」に基づいて「何年後に何を実現するか(受け手にどのような形で価値を提供するものとなるか)」を具体的に定めるのが「ビジョン」です。「ビジョン」は、お寺が向かっていく将来像であり、進む方向を定めることとも言えます。また、「ビジョン」として定められた方向へとどのように進んでいくかを考えることを経営学では「戦略」と位置付け、その「戦略」に基づいて「使命」を果たし得る具体的な施策を考えていくことになります。この一連の流れを纏めた枠組みが、今回の「お寺の元気塾」で作成する「寺業計画書」です。

この思考のプロセスはごく一般的なものであるように聞こえますが、「施策」の思考に目が移ってしまい実際には「使命」と「施策」が遊離したものとなることも少なくはありません。地に足の着いた「寺業計画」を作成するためには、進むべき方向(ビジョン)が定まっていること、その到達点に至る道筋が立っていること(戦略)が必要不可欠です。そして、その「ビジョン」を構築するためには、外部環境の変化に加えてお寺が持つ「強み」を的確に把握することが欠かせません。

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今回のワークには、岡崎教務所員の皆さんも参加され、積極的に思考方法や知識の共有に努められていました。

講義の中では、お寺が持つ「強み」とは境内地や建物などの財産に象徴されるような目に見えるものだけではなく、むしろ、目に見えないけれども永年の歴史の中でお寺が培ってきた「無形の価値」にこそ本当の「強み」があるとのお話をいただきました。

「無形の価値」とは、お寺にある「関係性の力」・「組織の力」・「人の力」のことを言います。具体例を挙げれば、住職や寺族の仏教に向き合うひたむきさ、境内の掃除を欠かさずいつでもご門徒をお迎えする姿勢、お寺の運営を支えるご門徒の役員組織の充実、ご門徒と作り上げ永年に亘って継続されている同朋の会の運営など、お寺の歴史の中で自ずと相続されてきた潜在的な力こそが、寺院活性を促す本当の「強み」だと言われています。その「無形の価値」をいかに見出し、最大限に可視化していけるような「ビジョン」を構築できるかが、「寺業計画」の作成の大きなポイントとなります。

そして、「無形の価値」は潜在的な力であるがゆえに、寺族が一人で見ていくよりも、お寺に関係する様々な方々と確認することによって、思わぬ価値を発見する事にも繋がります。

今回の「お寺の元気塾」では、約半数の寺院がご門徒と寺族とがペアで参加されており、「無形の価値」を点検するフレームワークでも、思わぬ「無形の価値」を発見することができたという方もおられました。

 

【「共創」するお寺を目指して】

真宗大谷派のお寺には、これまでのひたむきな取り組みの中で守られ育まれてきた「教え」・「文化」・「伝統」などがたくさんあります。そして、それらを伝えるために、住職や寺族の方々は日々努力を重ねてこられています。

しかし、その努力に「受け手」の視点を的確に掴むという要素が加わったら、どのように変化していくでしょうか。本当に伝えたいことや守っていきたいことを、「受け手」の状況に合わせた伝え方ができれば、仏教の素晴らしさを感じ取っていただく方の輪が自ずと広がっていくのではないでしょうか。

そのためには、「受け手」となる方々とともにお寺の運営を考えていく環境作りが重要です。そして、異なる思考を持つ者同士が建設的に質の高い議論を重ね、具体的な施策を生み出していく方途として、経営学の視点を背景とするフレームワーク(枠組み)を用いた協議は、極めて効果的な意味を持ちます。

豊橋別院と三河別院の両会場は、笑いや笑顔にあふれがらも、寺族と門徒という立場の異いを超えて、お寺の歴史の中で大切にしてきたものを守りながら、確実に次の世代に仏教に出遇う慶びを感じていただきながら受け伝えていくために、「今、何をすべきなのか」とご門徒とタッグを組んで課題に向き合う姿が垣間見えました。