『お彼岸 秋』2014年版 表紙 子どもの感覚は実に鋭い。

二年半前、祖母が九十五歳の生涯を終え、お浄土に還った。当時三歳十カ月だった私の長男は、病院から帰った遺体を「お帰り」と迎え、葬儀までの数日は、朝目覚めると祖母の元へ走り「おはよう」と白布をめくっていた。そして、葬儀後の出棺の際には「せっかく帰って来たのにどこへ行くの?」、「なぜ火葬するの?」、「お浄土ってどこ?」と疑問をぶつけてきた。私だって僧侶、一般的な答えくらい知っている・・・と、答えてはみるものの、問いの解消されない息子の質問は延々と続き、私が「お母さんもよく分からない」と降参すると一ラウンド終了。これを何ラウンドも繰り返し、やっと気付いたことが、私がいかに知ったかぶりをしながら過ごしていたのかということだった。当然のことだが、私はまだ死んだことがない。息子が納得しないのは、「死んだことのないあなたがなぜ亡き人の行き先が分かるのか?」という抗議行動ともとれるかもしれない。

年を重ねると、知った気になっていることが多い。特に母親になってからは、まるで何でも知っているような顔をして、息子たちに説教をしているが、実は身の回りに起こる全てのことが「万劫の初事」だったのだ。気の遠くなるほど永い歴史を背景に、奇跡的にこの世に生を受け、今こうして生きている。「人身受け難し」と繰り返し三帰依文のお言葉をいただきながら、本当の意味で頷けていなかったのではないか。物知り顔でお浄土の話をしていた自分が恥ずかしく思えた瞬間だった。

私が祖母を亡くしたことも、曾祖母の死をもって初めて人の死に立ち会った息子の経験と同じく、初めての経験であり、身の回りの全てのことが「初事」と知らされれば、なるほど、息子たちのささやかな成長も繰り返される悪戯も、人生における一大事である。それを三歳の息子が教えてくれた。受け難い人身を今すでに受け、聞き難い仏法に遇うご縁をいただいているのだ。大切に受け止め、聞き直し、問い直していきたい。

秋のお彼岸を迎える頃には、いつも真っ直ぐな瞳で私に問いかける三兄弟は六歳、四歳、そして十カ月になっているだろう。本当は何も知らないことに目を背けず、あらためて謙虚な気持ちで御本尊に向き合いたいと思っている。

永寶晴香(三条教区淨敬寺衆徒)

『お彼岸 秋』2014年版より