ハンセン病問題に取り組んできた
大谷派の歴史を振り返り、
課題を共有するため、
ハンセン病問題に関する懇談会委員から報告いたします。
─被害と加害の二重性─
<ハンセン病問題に関する懇談会・真相究明・ふるさと、家族部会 菱木 政晴>
現在、熊本地裁においてハンセン病者の家族らによる国に対する損害賠償を求める裁判(以下、ハンセン病家族訴訟、あるいは家族訴訟と表記)が進行しています。
日本におけるハンセン病者・回復者が終生・絶対・強制隔離政策によって著しい人権侵害をこうむったことは、すでに家族訴訟の前提をなすハンセン病国賠訴訟の熊本地裁判決(二〇〇一年五月十一日)によって明らかになったことです。熊本判決の核心は、加害者が「国」であったことを明らかにしたことにあります。
かつて真宗大谷派の僧侶でもあった小笠原登医師は、ハンセン病について「不治の病・強烈な伝染病・遺伝」という「三つの迷信」を指摘しました。つまり、この病気の治療や予防に関しては、終生・絶対・強制隔離政策はまったく不要で、その他一般のあらゆる病気と共通な、どこの治療機関でもどんな療法でも医師や看護師などの医療従事者と対等に話し合い患者が自ら決定することや、できるだけ科学的に正確な予防の知識と情報を得る環境が必要だったということです。
しかし、この指摘のただなかで国は強制隔離政策を推進し、「終生隔離されるのだから不治の病なんだろう」、「病状の程度を問わない絶対隔離なのだから、強烈な伝染病なのだろう」、「感染者の家族、とりわけ、子供たちを『未感染児童』などと呼んで一般の学校に通学しにくいシステムを作っているのだから、きっと遺伝も考えられるのだろう」といった偏見を製造拡大させました。また、患者や感染が疑われた人びとの中には、このような人権侵害にさらされることを恐れて診察さえ避けようという心性が働くことも十分にあり、治療や予防にも支障をきたすことさえありました。このことによって、日本中の人がハンセン病感染者や感染を疑われた人たちを排除する意識と排除の行動をとらされてしまったわけです。病に陥った人びとを、家族や周囲の人がケアし励ますという自然な感情を妨げられたと言ってもいいでしょう。偏見の出所は、隔離政策にあります。病気の治療という観点からも、感染の拡大を防ぐという観点からも、ほとんど意味がなかったこの政策は、偏見の製造拡大に関しては、きわめて大きな効果を発揮したと言わねばなりません。
この政策の中で、家族は、三つの偏見・迷信によって自らが偏見差別にさらされるだけでなく、愛する親族を排除する気持ちに傾くこともあったと思われます。したがって、「家族」は、この体制の被害者であると同時に、加害者にもさせられてしまったわけです。この痛恨の思いが、今回の「家族訴訟」の根本的動機です。けっして、自らをの被害者として立てて、国を非難する闘争をしているのではありません。自らの痛恨の思いを通して、この国の在り方を共に問い直そうとしているのです。この闘いは、単に以前の国賠訴訟を引き継ぐという意味だけではなく、こうした、被害と加害の二重性を鋭く問うという特別の意義があります。
隔離体制は、ハンセン病者家族やハンセン病医療従事者に対しても偏見を生み出したのですが、その犯人がわかりました。予防法体制です。体制の被害者は、回復者・家族・医療従事者だけではありません。これらのことを漠然と受け入れ、自分の子供が通う学校に「未感染児童」が入ってくることに対して激しい反対運動をして病者やその家族を苦しめる加害行為をした私たちの一人ひとりもまた、ある意味では被害者なのです。それはまるで、侵略戦争の片棒を担がされ、加害の実行を担わされて祭り上げられた「英霊」たちの被害と重なるものです。
私たちは、終生・絶対・強制隔離政策の中で偏見に踊らされて、我が身の「安全」を守ろうとして、有縁無縁の他者を傷つけただけでなく、自らと自らの身の回りの人びとにも危害を加えてしまうという愚かさを演じてしまいました。この訴訟の行方をしっかりと見極め、私たち一人ひとりの加害性を、私たち一人ひとりの被害としても認識し、共に闘う地平を目指さねばならぬと思います。それが、自身が罪悪生死の凡夫であることを深く信ずることであり、それが、すべての人びとと共に平和と平等の安楽国に往生することを願うことであるのだと思います。
《ことば》
「私たちは、親からも社会からも隔離された密室で、いわば人体実験をされていたのではないでしょうか」
ハンセン病家族訴訟原告 原告番号二五番
法廷で、自身が受けた被害を証言した八十才の男性は、「未感染児童」として療養所の保育所に収容されていた時に受けた「光田氏反応接種」と呼ばれる注射について語り始めました。「私の右腕には、肉をえぐり取ったようなグロテスクな注射痕が残っています。左右の腕に、合計十か所もの注射痕が刻まれています…」。
自らの書いた意見陳述書の朗読に時折詰まりながら、「光田反応の注射が発病の予防になるなど、当時の国際的な知見からもかけ離れていたのでは」と訴えました。
公判後の支援集会の冒頭で、「光田反応についてわからない人がいると思うので」と和泉眞藏先生が立ち上がりました。「結核のツベルクリン反応のように、らい菌を熱で殺してから注射で入れる」方法で、「陽性になったら繰り返してはならないとされている危険なものだった」「子どもにそうした反応実験を行うことは重大な人権侵害」であると、厳しい言葉で解説されました。家族訴訟の原告に残る身体的、精神的被害の具体例です。
(解放運動推進本部本部委員 雨森慶為)
真宗大谷派宗務所発行『真宗』誌2018年12月号より