●身元調査お断りプレートと過去帳閲覧禁止ステッカーを配布
1984年、同和推進本部(当時)から各教務所を通じて「身元調査お断り」のプレート(同和問題にとりくむ宗教教団連帯会議作製)をお届けし、寺院・教会の門前や玄関など良く目につく場所への掲示をお願いしました。その後、2013年7月には、宗派が新たに「身元調査お断り」のプレートを製作し全寺院・教会に配布しました。
また、1988年、それまで過去帳閲覧禁止の帯封をお届けしていたものを、ステッカーに替え過去帳への貼付をお願いしました。現在は住職修習において、新たに住職・教会主管者に就任される皆さまに対して解放運動推進本部から身元調査お断り・過去帳閲覧禁止運動の趣旨をお伝えするとともに、あらためて宗派製作の「身元調査お断り」のプレート並びに「過去帳閲覧禁止」のステッカーを配布しております。
このようにすでに全寺院・教会に配布し、それぞれ掲示と貼付をお願いしております「身元調査お断り」のプレートと、「過去帳閲覧禁止」のステッカーですが、皆さまの寺院・教会ではそれぞれ掲示、貼付されていますでしょうか。
寺院・教会の門前や玄関に「身元調査お断り」のプレートが掲示されているか、また過去帳等に「過去帳閲覧禁止」のステッカーが貼付されているかをあらためてご確認ください。
●過去帳を利用した身元調査
当派が身元調査お断り・過去帳閲覧禁止運動に取り組むようになったのは、難波別院輪番差別事件を契機とした部落解放同盟による1971年の第6回糾弾会において、宗派内三寺院が興信所に過去帳を閲覧させたという指摘が機縁です。
1968年に戸籍が全面閲覧禁止になってから、過去帳が身元調査に利用され、結婚差別や就職差別に関わる深刻な問題を引き起こしてきました。
興信所や探偵社による問い合わせという手段で、過去帳等が身元調査に利用され、被差別部落の若い人々の前途が無残に断たれたり、時には、尊い人命が奪われるという事件が起きています。
●聞き合わせと家系図調べ
また身元調査は、相手方の関係する人や団体に対して、個人によって直接行われることがあります。
〝聞き合わせ〟と称して行われるこの調査は、寺院や教会に対して行われることが多いのです。例えば、結婚相手の手次ぎの寺院へ、相手の家柄や素行等を確かめるというものです。しかし、ともすれば聞く方にも、寺院側にも、身元調査を行っている意識は少なく、気づかないまま人権を侵害することになりかねません。〝聞き合わせ〟は身元調査であり、寺院・教会として、はっきりとお断わりするようお願いします。
また最近では、住職が過去帳を他人に開示して家系図調べを行ったり、その行為における問題性への指摘に対し、部落差別問題への取り組みを阻害し、誹謗する発言が生じています。
聞き合わせも家系図調べも、家柄や家格などの門地(出生によって生じる社会的地位)や世系(祖先から受け継いだ系統・血統)の優劣を調べることに結び付くこととなり、結果として被差別部落を排除・差別する身元調査にほかなりません。
●過去帳の意義
過去帳は寺院・教会の門徒の仏弟子たる名のりを記した法名帳であり、有縁の人が亡き人をご縁に如来のみ教えに値遇されるため、必要となるものです。この意味で、過去帳は宗教的意義の強いものであります。
したがって、過去帳にはそれ以外の内容を記載するべきではなく、記載内容は明確に限定されなければなりません。そして、過去帳にいかなる差別もあってはならず、差別記載を許さない過去帳を今後も作っていかねばなりません。
過去帳及び門徒名簿等に記載される事項 (法名、住所、俗名、帰敬式受式年月日、死亡年月日) は、それ自体が、門徒、寺院・教会、宗派にとって大切な情報であり、宗教的意義以外の目的に決して利用されてはなりません。
各寺院・教会に所属するご門徒が自らの祖先を確認する場合は、ご門徒に過去帳を直接開示するのではなく、住職・教会主管者が確認して、口頭で応えていただくようお願いします。
これらの情報は、寺院・教会、宗派が、他に漏えいすることのないよう、厳重に管理しなければならない個人情報です。
●個人情報について
個人情報とは、氏名、年齢、生年月日、 電話番号、個人別に付された番号などを指し、特定の個人を識別できる情報として、個人情報保護法に定められており、保護すべき情報としてそれを取り扱う事業者などの責務が明らかにされています。(※1)
2017年、個人情報保護法が改正され、それまで法律の対象として、個人情報を扱う件数が5,000件を超える事業者に限定されていた条項が撤廃されました。このことにより、寺院・教会における過去帳等に記載されたご門徒の情報が、より明確に個人情報として保護されるべき対象となったのです。個人情報は、立場上知り得ても、宗教者の守秘義務として位置づけられており、他人へ漏らしてはなりません。
近年、各寺院や教会に対し過去帳の判別し難い文字の解説や掲載情報の整理、データ化を謳う業者によって、過去帳を整備するという営業が行われるという事例が報告されています。過去帳そのものを外部の業者に委託することは、過去帳を第三者に開示し閲覧させる行為にあたります。そのことによってご門徒の個人情報が漏えいする危険性が高まると言わざるを得ません。過去帳に記入されている法名、死亡年月日、住所、俗名、続柄などは、ご門徒の個人情報であり、その漏えいは人権侵害となります。過去帳は住職・教会主管者が責任をもって整備保管を行うようお願いいたします。
●真宗門徒の大切な情報
寺院や教会で法務を営む私たち僧侶は、家族構成をはじめ、ご門徒に関わるさまざまな情報を知り得る立場にあります。信心や信仰等についてご門徒とやり取りをする中で、ともすれば個人的な事情やプライベートな事柄をお聞きすることがあります。その中には、僧侶に打ち明けることはあっても、他人には知られたくないと思っている内容もあります。
●要配慮個人情報とプライバシー権について
こうした情報は、氏名、年齢、生年月日などの基礎的な個人情報と区別して、特に配慮すべき情報=要配慮個人情報として位置づけられています。
要配慮個人情報は、2017年の個人情報保護法改正では、不当な差別、偏見その他の不利益が生じないように取扱いに配慮を要する情報として新設されました。(※2)
またプライバシー権は、「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利」として、日本では1964年にはじめて裁判において明確化されました。(※3)
仏事やご門徒とのやり取りの中で、僧侶が知り得たご門徒の個人的な事情やプライベートな事柄は、配慮すべき要配慮情報であり、プライバシー権にかかわる個人的事柄です。
裁判においてプライバシーの侵害が認定されると、民法上の不法行為になり、損害賠償請求を受けることになります。(※4)
●過去帳が名簿やリストに
近年、全く知らない会社 (個人) からダイレクトメールや電話で、商品購入の勧誘があることを耳にしますが、さまざまな名簿やリストが当人の知らないところで売買されている現状があります。
過去帳や門徒名簿に記載される内容は、宗派以外の者にとっても利用する価値のある情報と考えられます。現実に起きている過去帳閲覧の事例から考えて、歴史、行政(税務調査等)、個人や集団の特定、営利(営業利用等)、身元調査等さまざまに利用される可能性があります。
●身元調査でなければ良いのか
ともすれば身元調査に利用されさえしなければ過去帳を見せてもいいのではないかととらえてしまいますが、いずれの目的にも過去帳等の情報が利用されてはなりません。もちろん、差別記載が一切なくとも、また被差別部落のご門徒がない寺院・教会の過去帳等であっても、同じことです。
過去帳閲覧禁止を言いながら、過去帳や門徒名簿の閲覧が行われるとすれば、宗派として、全くずさんな管理をしていることになります。どのような理由であれ、過去帳及び門徒名簿が安易に閲覧される状況は、ご門徒のプライバシーが顧みられていないことになります。さまざまな理由により故郷を隠している人々にとって、自分の身元が漏れる不安に常にさらされていることであり、過去帳や門徒名簿の閲覧禁止は厳重になされなければなりません。
●税務調査
近年、特に税務調査で、寺院・教会の収入等を裏 付ける資料として、過去帳の閲覧を求められることが 多くなっています。宗教的意義を持つ過去帳等を他の目的のために利用することは、あってはならないことです。 むしろ、収支計算書等の会計に関する備付帳簿を整備し、税務調査等に応えるべきです。
宗教法人法には、国及び地方公共団体の機関が、宗教法人の調査をする場合、「信教の自由を妨げることがないように特に留意しなければならない」とあります(※5)。にもかかわらず、税務署員が自身の「職務上の守秘義務」を理由に過去帳等の閲覧を求める場合がありますが、法名が記された過去帳等が、税務調査等に利用されることは許されません。
税務署の職員から「私たちには守秘義務があるから教えていただいても大丈夫です」と言われても、宗教者が個人情報を漏らすこと自体が守秘義務違反を問われ、刑法134条2項(秘密漏示罪)のもとで処罰の対象となります。(※6)
●真宗大谷派における部落差別問題実態調査
2005年、真宗大谷派同和関係寺院協議会が実施しました「真宗大谷派における部落差別問題実態調査」では、「身元調査お断り」プレートを掲示している寺院は39.2%、「過去帳閲覧禁止」の帯封またはステッカーを貼付している寺院は42.6%にとどまり、当派における身元調査お断り・過去帳閲覧禁止運動の取り組みが十分でないことを示しています。
この調査結果を踏まえ、本運動の取り組みをさら に進める必要があります。運動の趣旨をお汲み取り いただき、あらためて身元調査お断り・過去帳閲覧禁止の徹底をお願いします。
真宗大谷派解放運動推進本部
(※1)個人情報の保護に関する法律 第1章 総則(目的)
第1条 この法律は、高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることに鑑み、個人情報の適正な取扱いに関し、基本理念及び政府による基本方針の作成その他の個人情報の保護に関する施策の基本となる事項を定め、国及び地方公共団体の責務等を明らかにするとともに、個人情報を取り扱う事業者の遵守すべき義務等を定めることにより、個人情報の適正かつ効果的な活用が新たな産業の創出並びに活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現に資するものであることその他の個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする。
(※2)個人情報保護に関する法律 第2条3項、2017年5月30日改正法施行
この法律において「要配慮個人情報」とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいう。
(※3)「宴のあと」裁判の判決ではプライバシーが現行の法律の保護を受ける権利であるとして、以下の根拠をあげています。
(ア)世界人権宣言第1・2条は、「何人も、その私生活、家族、家庭、通信に対する、専断的な干渉を受けたり、その名誉と信用に対する攻撃を受けたりすることはない。人はすべてこのような干渉と攻撃に対して法の保護を受ける権利を有する」と定め、現代法の基本原則の一が私生活の保護にあることを明かにしている。(中略)
(イ)日本国憲法第13条は、すべて国民が個人として尊重されるとともに、個人の幸福追求に関する権利は、国政上最大の尊重を必要とする旨を明かにしている。プライバシーの尊重は、個人の尊厳の確立と、個人の幸福追求権の実現にほかならない。(中略)
(ウ)プライバシー侵害のうち、一定の身分ある者すなわち医師、薬剤師、薬種商、産婆、弁護士、弁護人、公証人、宗教もしくは祷祀の職にある者、またはこれらの職にあった者が業務に関連して知得した他人の秘密をもらす行為や、正当な理由がないのに他人間の信書を開披する行為は刑法上処罰の対象とされる犯罪行為であり、(刑法第133条、第134条)、これら刑事処分の対象となる特殊な行為には該当しないとしても一般にプライバシーが民事上の保護に親しむ権利ないし利益であることは明らかである。(「宴のあと」判決文より)
(※4)民法第709条 [不法行為の要件と効果]
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
(※5)宗教法人法第84条 (宗教上の特性及び慣習の尊重)
(上略) 宗教法人について調査をする場合その他宗教法人に関して法令の規定による正当の権限に基く調査、検査その他の行為をする場合においては、宗教法人の宗教上の特性及び慣習を尊重し、信教の自由を妨げることがないように特に留意しなければならない。
(※6)秘密漏示罪「宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは6か月以下の懲役または10万円以下の罰金に処する」
●啓発リーフレット「身元調査お断り」