本年四月、聖徳太子千四百回忌を迎えるにあたり、教学研究所編『はじめて読む 浄土真宗の聖徳太子』(東本願寺出版)を刊行した。
 本書は、二〇一三年に刊行の『はじめて読む 親鸞聖人のご生涯』に続く一冊であるが、このたびの編纂にあたっては、歴史学(日本仏教史)の専門的な見地に基づく検討が必要と考え、大谷大学文学部教授の東舘紹見氏に監修を委任した。
 なお、当研究所では、本書に先立ち『教化研究』第一六六号(二〇二〇年七月発行)において「聖徳太子」の特集を組み、近年の研究動向を踏まえつつ、「現代に生きる一人ひとりの身に、太子と向き合い、太子と出会い直す機縁が開かれる」(「特集にあたって」より)ための視座を探究した。本書は、同号での考究をもとに、近代以降に解明されてきた歴史的事実からの検証と批判に耐えうる「現代の太子伝」を目指したものであり、寺院での同朋会などでご活用いただくことを期している。
 ところで、宗門からは、長きにわたり、太子に関する学習テキストは刊行されていなかった。本書に先立つテキストは、半世紀以上前の一九六五(昭和四十)年に教学研究所編で刊行された『太子読本』にまでさかのぼる。同書は、当派関係学校の宗教科テキストとしての使用を目的に編まれたものであったが、一九八九(平成元)年、二つの市民団体より「日朝関係史の問題性」に対し、公開質問がなされ、厳しくも切実な問いが投げかけられた。
 その際、特に問題視されたのは、同書の「任那」(第三章第二節)における「神功皇后の三韓征伐」をめぐる記述である。すなわち、この伝説は戦後の歴史学において史実ではない、日朝関係史を歪曲する説話であると解明されたものではないか、との問いかけであった。また「征伐」という語は、「罪ある者や反逆者を攻め打つ」という意味になるため、自民族中心的・差別的な朝鮮観を示したものとなる。戦前の皇国史観に基づく太子像を無批判に踏襲していること、さらには二十数年にわたって検討もされないまま使用され続けていることが、公開質問によって明らかになったのである。そして宗門は、その批判を真摯に受けとめ、宗務所内に学習・研究チームを結成して協議を重ね、最終的に同書は出版停止することとなった。以上の経緯は、『真宗』一九九〇年八月号に掲載の「『太子読本』(教学研究所編)の日朝関係史記述の問題性について──「公開質問」による指摘をうけての学習・研究と総括」(以下「総括」)において詳しく報告されている。
 このたび刊行のテキストは、発行趣旨や使用目的(対象)を異にするものの、『太子読本』に投げかけられた批判を再確認し、その問題性を注視したうえで太子像ならびに歴史観(特に日朝関係、東アジアとの交渉)を提示することに努めている。読者の皆さまの批判を仰ぎたい。
 なお、先の「総括」では、最後に、今後は「〈本願史観〉の視座に立って」太子の行実を見ていくことが表明されている。本書のなかで〈本願史観〉に関する直接的な説明を示しているわけではない。しかし、宗祖の出遇われた太子像と、真宗教団のなかで教えとともに太子を語り継いできた人々の伝統に重点を置くことで、その応答を試みている。
 本書を通して、より多くの人々が「浄土真宗の聖徳太子」、ひいては「本願展開の歴史」に遇われることを願っている。
(教学研究所)