悩み、そして迷っています。
時には「なんで私だけがこんな目に遭わなければならないのか」と
自分の思いどおりにならない事に腹を立てたりします。
仏さまは、そんな私たちのどんな出来事をも大切なご縁として受け止め、
本当に尊いことを見失わずに生きてほしいと願われているのです。
お求めは、
お手次の寺院を通じて各教務所まで。
※なお、京都・真宗大谷派 宗務所 本廟部 参拝接待所、同朋会館、大谷祖廟においてもお受けいただけます。
授与礼金:10,000円
木像や絵像の阿弥陀如来が、右手をあげ左手をさげているそのお姿は、悩み苦しむ私たちを救おうとする姿であり、限りない智慧と慈悲をあらわしています。
また、後光(ごこう)・光背(こうはい)といわれる背後にある飾りも、阿弥陀如来のはたらきが全てのものを照らし出す光そのものであることをあらわしています。
「阿弥陀」とは、もともとインドの言葉で、「アミターユス」(無量のいのち)、「アミターバ」(無量のひかり)を意味します。
また、「如来」とは、「私に真理がはたらく」ということを意味します。いつでも、どこでも、どんな人も、もらさず救いたいというはたらきとして、かたちをとってあらわれてくださったのが阿弥陀如来のお姿なのです。
御本尊の前で、南無阿弥陀仏と合掌し礼拝するのは、自分の思いにかなうようなお願い事をするためではありません。
南無阿弥陀仏とは、仏さまからあなたへの呼びかけです。
苦しい時や悲しい時、自分が嫌になった時、その苦しみや悲しみをごまかさずに、悩んでいる自分を大事に生きてほしいという深くて大きな願いをもった仏さまからのメッセージなのです。その願いにふれ、その願いに応えて、私も「南無阿弥陀仏」と称えるのです。
<お求め>
各教務所、真宗大谷派(東本願寺)宗務所 本廟部 参拝接待所(TEL.075-371-9210)
<お問い合わせ>
真宗大谷派(東本願寺)宗務所 財務部(TEL.075-371-9186)
京都市下京区烏丸通七条上ル