令和期慶讃法要の親鸞展に至る
(御手洗 隆明 教学研究所研究員)

浄土真宗では、江戸期より法要などにあわせた「開帳」などの法宝物展が寺院単位であり、明治期になると「西本願寺蒐覧会しゅうらんかい」(一八七五年)のような大きな展示会が開催されるようになった。
 
百年前の一九二三年、大正期慶讃きょうさん法要では真宗各派協和会(現真宗教団連合)所属の真宗各派が、それぞれの本山で法宝物展を開催した。四月の東本願寺「法宝物蒐覧会」では、御本書(教行信証)関係、宗祖御真蹟類、御伝鈔・御絵伝、御影・光明本尊など、計二十五点の展示があった。今にいう坂東本は「東京 報恩寺伝来」として展示されたが、五ケ月後に発生した関東大震災で被災し、のちに「東本願寺蔵」となって現在に伝わる。
 
戦後の一九六一年、宗祖七〇〇回御遠忌では、読売新聞が主催し、東西本願寺・専修寺など真宗各派が協賛する「親鸞聖人展」が東京・京都・札幌などのデパートを会場に開催された。この時の図録を見ると、影印本の出品が多く、東本願寺御影堂の「御真影」(聖人木像)まで出品されたことになっている。このように大らかな時代であったが、新聞社などメディアが主催し、それに真宗各派が協力し、門信徒以外の来場が多数期待できる外部会場で開催したことは画期的であった。
 
その後、法宝物展はこのような開催スタイルが主流となった。一九六八年には東本願寺名古屋別院御遠忌の記念事業として、中日新聞が主催し、東西本願寺と専修寺が協賛した「現代に生きる親鸞展」が地元百貨店で開催されている。
 
五十年前の一九七三年、昭和期慶讃法要では、朝日新聞と真宗教団連合の共催による「誕生八〇〇年記念 親鸞聖人展」が東京・大阪・京都の大丸デパートを会場に開催され、百十件以上の展示があった。この時、東西本願寺・専修寺所蔵の『教行信証』三本が揃ったが、坂東本は影印本の出展であり、西本願寺本は重文指定前であった。
 
昭和期後半になると、博物館を会場とした開催が始まる。京都国立博物館(京博)では、一九八〇年に西本願寺・朝日新聞主催の「西本願寺の秘宝」展があり、一九九八年には東西本願寺・毎日新聞の主催で「蓮如と本願寺」展が開催された。
 
二〇一一年の宗祖七五〇回御遠忌では、三月に真宗教団連合・朝日新聞の主催で「親鸞展」が京都市美術館で、十月にはNHK・朝日新聞の主催と真宗十派などの特別協力で「法然と親鸞」展が東京国立博物館で開催された。この二つの法宝物展で、関東固有の親鸞像(三河伝来の安城御影とは別系統)への評価が高まることとなった。
 
こうした昭和期後半からの積み重ねが、本年の令和期慶讃法要を機縁として、朝日新聞・NHKの主催と真宗教団連合の特別協力により、国宝・重文約八十件を含む総数百八十一件という、過去最大規模の開催となった京博「親鸞」展に集約されることになる。親鸞聖人生誕八五〇年特別展と銘打った本展は、坂東本など『教行信証』鎌倉三本が初めて一同に会した、浄土真宗立教開宗八〇〇年のメモリアルでもある。ここに集った法宝物から「声」が聞こえてくる時、全ての展示品は「聖教」であったことに気づかされる。

(『ともしび』2023年7月号掲載 ※役職等は発行時のまま掲載しています)


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