1948(昭和23)年7月、柳宗悦は再び城端別院善徳寺に滞在し、奥まった一室「御広敷の間」に70日間こもりました。その間の8月初旬のある日、天啓ともいうべき経験が柳に訪れました。『大無量寿経』を読んでいた柳は、阿弥陀如来の四十八願中の第四願「無有好醜の願」にいたって、新しい視野が開かれたのです。そして、著されたのが『美の法門』です。

今年の夏、偶々『大無量寿経』を繙いて、その悲願の正文を読み返しつつあった時、第四願に至ってはたと想い当るところがあった。何か釈然として結氷の解けゆく想いが心に流れた。この一願の上にこそ、美の法門が建てられてよい。そう忽然と自覚されるに至ったのである。私は思わずも「無有好醜の願」とよびなされるその聖句によって、思想を展開させた。常には遅筆な私が僅か一日にして一文を書き終えたことは稀有な経験であった。もともと短文であって僅かに要旨を綴ったものに過ぎなくはあるが、長い間紆余曲折を経た私の思考も、ここにしばらく一段階に達した想いがある

(柳宗悦『新編 美の法門』「美の法門 後記」)