教学研究所の使命と仕事

一 教学研究所の使命

 教学研究所は、真宗同朋会運動の胎動期とも言うべき一九五八年に発足した。それ以前の「教化研究所」という名称が改められ、新たな出立に至ったが、そこにおいて「教学」の名に込められたのは、「自己の迷いの苦悩をひっさげて教法に聞く」こと、「教化の根本にかえる」こと、そして、自己の身を通して「教団全体を如来の教法のはたらかれる場所にしよう」という願いであった(『真宗』一九五八年八月号掲載「教学研究所とその仕事」参照)。

 以来、当研究所は、時代社会の課題と向き合いながら、宗門の教学教化に資する研究ならびに宗門の次代を担う人の育成、つまるところ、真宗同朋会運動の推進を目的として、今日まで歩みを続けてきた。ただし、時代社会と向き合うということは、決して、時代ごとの価値観や社会の状況に教義を対応させようということではない。浄土の真宗を顕す教・行・信・証に依って、人が真実に生きることの内実を、現代社会というこの時機において開顕すること、すなわち、現代に真宗を「時機相応の法」として開顕することでなければならない。

 今からおよそ七十年前、宗祖親鸞聖人の七百回御遠忌(一九六一年)を迎えるにあたり、曽我量深師は「親鸞のところに立ち止っては駄目である。南無阿弥陀仏の根元に帰って釈尊を超えて釈尊に帰らねばならぬ」と語られた(「如来について」一九五二年)。

 その言葉に照らせば、本願の真実に帰って「教主釈尊の言葉が、現代を生きる私たちの生活を照らし出すのだ」と言えるまでに、意味開示の努力をしていくこと。それこそが、教学研究所の使命である。


二 教学研究所の仕事

 現在の教学研究所の仕事には、大きく分けて、研究、研修(交流)、編集の三部門がある。


 Ⅰ 研 究

 研究業務は、①真宗同朋会運動研究、②聖教研究、③生老病死と現代研究、④真宗の歴史研究の四班に大別される。


 ①真宗同朋会運動研究

 真宗同朋会運動は、「念仏の僧伽の回復」を求めて興起した運動である。ゆえに、その運動の推進を願いとして研究活動を行う当研究所においては、念仏の僧伽を探究していくことこそ、全体の根幹となる課題である。そしてその課題は、いたずらに観念的に追求するのではなく、「僧伽は現実の教団ではない。僧伽の理想から遠く離れている。…しかし教団は僧伽を映す場所である」(安冨信哉『近代日本と親鸞』)といわれるように、時代社会の只中にある現実の教団を通して問い尋ねていかなければならない。

 現在、中心的に取り組んでいるのは、『観経』中の「是旃陀羅」という語を通して問われてきた問題を、教学の課題として対峙することである。あわせて、今後は、真宗同朋会運動の現状とその課題を見据えた研究をいっそう進めていく予定である。


 ②聖教研究

 聖教研究は、研究所の業務全体の基礎となるものである。本研究班では、二〇二二年までは『教行信証』の考究に取り組み、『解読教行信証』(上・下)を刊行するに至った。今年度からは、宗祖親鸞聖人が『教行信証』を著した視点に基づき、また「是旃陀羅」問題も視野に入れつつ、『観無量寿経』の基礎研究に取り組んでいる。

 この『観無量寿経』を通して、普遍にして平等である法の救いが、どのようにして差別的な社会に生きる人間に開かれるかを学ぶ。まずは、『観無量寿経』が中国・日本においていかに読まれてきたのかを尋ね、法然上人・親鸞聖人が平等の教えとして開顕した背景を考究したい。


 ③生老病死と現代研究

 現代における〈いのち〉に関する諸課題を考究する研究班である。本研究班の前身である「生命倫理研究班」では、主に生命倫理・生命科学と対峙し、真宗の生命観を研究してきた。現研究班名に改称の後は、より時代社会の課題に向き合うべく、災害や差別の問題に取り組んできた。今後は、宗教と人権をめぐる考究も始める予定である。

 こうした問題に取り組むことは、決して聖教と離れていくものではない。聖教は、人間の問題に応えんとして生まれてきたからである。本研究班では、時代社会の課題に向き合うことを通して、人間の問題を明らかにし、聖教の言葉を今一度確かめる探究を進めている。


 ④真宗の歴史研究

 本研究班では、親鸞聖人ならびにその周縁の人物の生涯と、真宗教団の歩み、ことに明治以降の宗門近代史を中心に研究を続けてきた。

 その成果として、これまでに『親鸞聖人行実』、『近代大谷派年表』、「資料 真宗と国家」(Ⅰ~Ⅳ)等の基礎資料や、『はじめて読む 親鸞聖人のご生涯』、『はじめて読む 浄土真宗の聖徳太子』、『親鸞聖人の娘 覚信尼と真宗本廟』といった読み物を出版してきた。また近年は、地域真宗史の掘り起こしにも取り組んできた。

 今後は、現在失われつつある真宗の伝統をいかに記録・保存し、歴史資料を共有していくかを、新しい情報社会のあり方に沿った形で模索していく必要があると考えている。


 Ⅱ 研 修(交 流)

 「教学は教団の実践である」とは、安田理深師によって示された命題である。教学が“象牙の塔”にとどまることなく、現実の社会に活きてはたらくためには、その実践の担い手たる「人」が連続無窮に生まれ続けなければならない。

 現在は、宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌の後、二〇一三年より「教化特別研修生制度」(二〇〇四~二〇一一年)を継承し、次代を担う「人」、ひいては「真の念仏者の誕生」を願いとして始まった「教化伝道研修」を実施しており、現在までに四期が修了した。

 同研修では、全国の教区から推薦された研修生(大谷派教師)と研究所のスタッフとがともに、聖教の学びを基礎として、差別の問題や儀式をはじめとする、教化の現場に関わる具体的なテーマの考究に取り組んでいる。研修生には、修了後、各教区・組の教化を担っていただくことが願われている。

 また、全国各教区の教学研鑽機関や、宗門大学・親鸞仏教センター等との交流も、継続的に実施している。


 Ⅲ 編 集

 当研究所では、現在特に、『教化研究』(年二回)、『ともしび』(毎月)、「教研だより」(『真宗』誌に掲載、毎月)の編集に取り組んでいる。

 『教化研究』は、当研究所の研究成果や研究会の講義録等を報告する紀要である。その創刊号の編集後記に掲げられる通り、「現代生活者と伝道者とが温かい血を通わす接触点」の役目を果たすことが刊行の願いである。

 『ともしび』は、東本願寺日曜講演と親鸞聖人讃仰講演会の抄録を掲載する月刊聞法誌である。宗門内外から講師を招いており、講演のテーマは、仏教・真宗の教えや歴史、現代の諸問題(災害、福祉、教育、医療など)と多岐にわたる。定期購読者に本誌が届けられることで、全国各地に聞法の場が広がっている。

 『真宗』誌に掲載の「教研だより」では、各研究班の研究活動の報告や、聖教の学びを中心とした研究職員のコラムの連載等を行っている。当研究所の仕事と研究内容について知っていただく導入の場となるとともに、そこから新たな対話が開かれていくことを願っている。


([教研だより(212)]『真宗』2024年3月号より)