真宗の儀礼

蒲池勢至(名古屋教区長善寺前住職・同朋大学特任教授)


 民俗の儀礼には、年中行事のような「歳時儀礼」と、誕生・婚姻・死といった「人生儀礼」がある。真宗門徒の生活にも儀礼があり、中には真宗や門徒が生み出したものもある。一般の民俗儀礼と異なる大きな特徴は、真宗の教えと門徒の信心によって伝承されてきたことであろう。これまでの民俗儀礼の多くが現代社会では変容したり消滅したように、真宗門徒の民俗も同じである。それは、社会構造や生活スタイルの激変によって意識や価値観が多様化したことによる。


伝承文化の儀礼を継承していくには、「型」と「言葉」が不可欠である。そして、もっとも重要なことは「儀礼は商品ではない」ということにある。儀礼がビジネスの対象となり商品化されると、型は壊され、言葉は意味を失う。そして儀礼は世俗化して、儀礼の持っている宗教性や想像的なものを喪失してしまうだろう。このことは、現代の葬儀をみれば明らかである。もはや「葬儀」という言葉も使われず、「告別式」と表現されることが多くなった。


葬儀とは「葬送儀礼」のことであり、「葬(はふり=ほうむる)の儀礼」である。三十年前まで真宗門徒は、自らの手で葬儀を行ってきた。通夜では『正信偈』を一緒に読み、お念仏を称えてきた。しかし、一九八九(平成元)年以後、葬儀会館ができてから業者にすべて委託するようになってしまった。その結果、人間としての「死」の意味まで分からなくなり、「あいまいな死」になってしまったのが現代である。真宗門徒の葬儀とは、親鸞聖人を通して真実の教えに出遇い、いま人身を尽くして、お浄土へ往生成仏させていただく儀礼であった。伝承させる力は、自分たちで考え行う行為にある。


便利さと快適さという欲求を追い求めれば、どんどん追い求め続けねばならない。人間は、どこまでいっても満足することをしらない存在である。しかし、また真実なるものを求める存在でもある。そうでなければ、人間として生まれてきた人生を尽くすことができないだろう。

 

『探訪 真宗民俗―儀礼の伝承と現代社会』(東本願寺出版)より


 

東本願寺出版発行『真宗の生活』(2021年版⑥)より

『真宗の生活』は親鸞聖人の教えにふれ、聞法の場などで語り合いの手がかりとなることを願って毎年東本願寺出版より発行されている冊子です。本文は『真宗の生活』(2021年版)をそのまま記載しています。

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