正信偈とは

井上尚実(ハワイ別院輪番・東京教区光蓮寺衆徒)


 私は長野県の田舎にある真宗大谷派寺院の生まれで、幼い頃から本堂やお内仏のおつとめの場において、まず耳から「正信偈」に親しみました。その頃私が聞いていたおつとめの声は、住職であった父や家族、お寺に集まったご門徒さんたちの声でした。六十歳になる今も「正信偈」を読むと、当時耳にした身近な人たちの声が聞こえてきます。小学校に進み、字が読めるようになると、『真宗大谷派勤行集』(赤本)を手にするようになりましたが、難しい仏教語や固有名詞を含む漢文の意味はほとんど理解できませんでした。ようやく声と意味が結びつくようになったのは、「正信偈」を学び、自分なりに真宗の教えと向き合うようになった三十歳の頃です。声と意味がつながるところに、はじめて「読む喜び」があります。


「正信偈」は、親鸞聖人が書き表されたものの中で最も広く親しまれているお聖教で、親鸞聖人の主著『教行信証』六巻のうち「行巻」の結びに記されています。七文字を一句とし百二十句からなる漢文の定型詩で、八百四十字の中に真宗の教えの根幹が印象深く詠われています。ふつう「正信偈」と略して呼ばれますが、親鸞聖人がつけられた正式の名称は「正信念仏偈」です。「偈」というのはインドの古い言葉であるサンスクリット語の「ガーター」を音写した仏教語であり、「仏の徳や教えを讃える詩」を意味しています。親鸞聖人は「信心と念仏の讃歌」として深い喜びと感謝の念を込めてこの詩を編まれたのです。


親鸞聖人はこの「正信偈」に先立って、次のように書かれています。

しかれば大聖の真言に帰し、大祖の解釈に閲して、仏恩の深遠なるを信知して、正信念仏偈を作りて曰わく
(「偈前の文」『真宗聖典』初版二〇三頁・第二版二二六頁)

ここで「大聖」というのは、今から約二千五百年前のインドにお生まれになって悟りを開かれたブッダ、お釈迦様のことです。「真言」とはお釈迦様の真実の言葉、すなわち『大無量寿経』という経典に説かれた阿弥陀仏の本願のことです。親鸞聖人は、この本願を最も大切な依り処として「正信偈」を書かれました。


次の「大祖」というのは、インド・中国・日本の三国において本願念仏の教えを受け継ぎ広められた七人の高僧のことで、具体的にはインドの龍樹菩薩と天親菩薩、中国の曇鸞大師・道綽禅師・善導大師、そして日本の源信僧都と源空(法然)上人のことです。親鸞聖人は、これら三国七高僧による解釈の伝統をとおして、本願念仏の教えこそが、生きとし生けるものに平等な目覚めをもたらす仏教であることを確信されたのです。

 

『同朋新聞』二〇一九年十一月号「はじめて読む正信偈」より

今回の内容が収載された『はじめて読む正信偈』(東本願寺出版発行)はこちらから購入いただけます

「正信偈」に関する読み物「正信偈の教え-みんなの偈-」(無料)はこちらからご覧いただけます


東本願寺出版発行『真宗の生活』(2021年版⑦)より

『真宗の生活』は親鸞聖人の教えにふれ、聞法の場などで語り合いの手がかりとなることを願って毎年東本願寺出版より発行されている冊子です。本文は『真宗の生活』(2021年版)をそのまま記載しています。

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