教研通信では、一つのテーマに沿った連載を掲載していきます。連載開始にあたって掲げるテーマは、「釈尊をたずねて」。様々な時代や地域ごとに仏教の根幹として確かめられてきた釈尊について、たずねてまいります。
ジャータカの釈尊観
(松下 俊英 教学研究所研究員)
古代インドにおいて、釈尊は老病死の苦を知り、その苦を超える道を見出し、仏と成られた。そして、その道を仏弟子に説き示し、教えの伝統がはじまった。
たしかに、釈尊は教えを説かれた。しかし、ただそれが伝言ゲームのように、仏弟子によって伝えられてきたのではない。そこには、仏と仏弟子との「出会い」がある。その内実は、釈尊と同じ苦を抱え、釈尊はその苦を超えた仏であると信じた仏弟子の心によるものである。したがって、釈尊は仏であると信じた仏弟子の現前に釈尊が在し、仏弟子の苦に応じて教えが説かれているということである。
そして、釈尊が入滅されてから時代が下がり、紀元前2世紀頃には、釈尊の過去の生涯を描く「ジャータカ物語」が複数生み出されていった。
物語の一つひとつはすべて、釈尊が過去に無数の生涯を繰り返し、わが身を顧みることなく、苦しむ衆生の前へ投げ出し布施することを描写している。ある過去世では兎であったり、ある過去世では猿であったり、また、ある過去世では王子であったり、数多くの前生物語が伝えられている。たとえば、日本では、法隆寺の玉虫厨子に図画された「捨身飼虎」が有名である。
これらの物語が紡ぎ出された背景には、これまで伝統されてきた、苦を超えんとする釈尊の「求道」を、あらためて問い尋ねずにおれない仏弟子の心があったにちがいない。すなわち、仏の教えを受けるなかで自身のその求道が、もし他者を顧みずに自分だけが救われる道へと陥っているのであれば、それは釈尊の求道に応ずるどころか、あい反したものとなってしまう、という危機の心である。
しかしながら、その心によってこそ、「ジャータカ物語」において、わが身を布施する釈尊像が描き出されたのではないか。それは、自分だけが救われる道へと陥らぬよう、仏弟子を鼓舞する釈尊像のように私には思える。
さらに、そのような仏弟子たちは、釈尊の「求道」の根源に、釈尊が最初の過去世に仏と出会ったという物語を描き出した。いわゆる「燃灯仏授記物語」である。過去世の釈尊が燃灯仏に出会い、「あなたのような仏になり(願作仏)、あなたと同じように衆生を救いたい(度衆生)」という誓願をたてる。そして、燃灯仏に「将来、必ず仏となるであろう」と告げられ、その誓願を成就すべく、これまで語られてきた「ジャータカ物語」の布施行を開始する、というものである。
衆生とともに苦を超える道を求めた釈尊が、苦を超えた燃灯仏に出会い、誓願を立てたということは、仏弟子が「釈尊は苦を超えた仏である」と信じることに通底するものといえる。すなわち、「苦を超えた仏である」と信じることを、「燃燈仏授記物語」では「あなたのような仏になり、あなたと同じように衆生を救いたい」という誓願として表現されたということである。しかも、その誓願は釈尊自身によって誓われるものである。ここに、釈尊を仰ぎ見る仏弟子の心によって、衆生を救わんとする、あらたな「釈尊観」が見出されている。
もし、自分自身の苦と危機を心に抱き、仏弟子と同じく釈尊を仰ぎ見ることができるならば、そこに釈尊が在し、衆生とともに苦を超える道をお説きになるにちがいない。




























