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-京都教区の大谷大学卒業生が中心となって結成された「京都大谷クラブ」では、1956(昭和31)年から2019年12月にかけて毎月、『すばる』という機関誌が発行されてきました。京都市内外のご門徒にも届けられ、月忌参りなどで仏法を語り合うきっかけや、話題となるコラムを掲載。その『すばる』での連載のひとつである「真宗人物伝」を、京都大谷クラブのご協力のもと、読みものとして紹介していきます。近世から近代にかけて真宗の教えに生きた様々な僧侶や門徒などを紹介する「人物伝」を、ぜひご覧ください!
真宗人物伝
〈28〉南伝右ヱ門
(『すばる』749号、2018年10月号)
南伝右ヱ門氏写真(南源右ヱ門氏所蔵)
1、真宗の村、刀利
富山県西部を流れる小矢部川の上流に刀利村(南砺市〈旧福光町〉刀利)がありました。下流から、下刀利・上刀利・瀧谷・中河内・下小屋という五村から構成された村です。
本願寺第8代の蓮如上人(1415~99)がこの地を訪れて教化されたと伝えられており、それ以来、真宗信仰の篤い地域でした。しかし昭和36年(1961)に、刀利ダムの建設によって、刀利村は解村となってしまいます。全戸が真宗大谷派門徒だった村内に寺院はなかったのですが、中河内に「念仏道場」があり、蓮如上人筆と伝わる六字名号が安置されていました。また下小屋の旧住民である宇野秀夫氏宅には、蓮如上人筆と判断できる六字名号が伝来しています。
上刀利を開いた「草分け三人衆」の子孫にあたる家の1軒が南伝右ヱ門家です。南家の当主は代々、伝右ヱ門と名乗っており、同家は「でんにょもん」という屋号で呼ばれていました。
南家のお内仏に安置されている脇掛の十字名号と九字名号は、東本願寺第16代一如上人(1649~1700)から授与されたものです。少なくとも同家は、その頃にお内仏を安置する家として成立していたと考えられます。また、東本願寺2度目の火災に見舞われた文政6年(1823)11月15日の後に推し進められた再建事業の最中に、刀利村(上刀利村)の二十八日講中へ宛てて授与された、東本願寺第20代達如上人(1780~1865)の御書が保管されています。この頃には、法要を勤めて聞法する生活が村人によって営まれていたことでしょう。
また学僧と同行の間で交わされた問答集(『御講師深励様安心問答聞書』など)や、学僧による法話を筆録した講録(『江州成満寺様講師より就御焼失御再建引立座拾五ヶ条法話』など)の写本が残されており、聴聞のみならず書物を通して教えを享受していたことがうかがえます。
2、本山東本願寺への献木
この刀利村から明治15年(1882)、再建中の本山東本願寺へ欅の巨木が献木されました。その時に中心となって尽力したのが、安政2年(1855)2月12日生まれで、献木時は28歳であった南伝右ヱ門氏(1855~1946)です。明治2年(1869)に15歳で元服しており、その際におろした前髪が木箱に入れて保管されています。
献木のために上刀利の白山社から切り出された神木だった欅は、川を流して運搬することのできる6㎞下流の綱掛(南砺市〈旧福光町〉綱掛)まで、人力で運ばなくてはいけませんでした。明治15年2月7~27日に、上刀利から県境の横谷村境まで、約100mの標高差のある急な坂道を1・5㎞引き上げられました。その時のことが、伝右ヱ門氏によって『御本山へミやの木上ル』と題した帳面へ記録されています。それによりますと、近隣の村々から酒や大わら綱が寄進され、のべ3800人の人々が尽力したのでした。
その後、小矢部川を利用して伏木港(高岡市伏木中央町)まで曳いて運ばれた欅は、大阪まで航路で運搬され、京都の本山へ届けられました。
3、伝承者
伝右ヱ門氏はその後、当時の刀利村が所属していた太美山村の村会議員や学務委員も務めており、地域振興に尽力した人生を歩みました。
解村後、同家は吉江中(南砺市〈旧福光町〉吉江中)に移転しました。旧刀利村での生活を経験し、記憶しておられる、昭和5年(1930)生まれの源右ヱ門氏が健在です。同氏は、祖父である伝右ヱ門氏から、明治の献木などについて伝え聞いておられます。その内容から、どのように村が本山とつながり、真宗信仰をはぐくんできたかが分かります。私たちは今、このような伝承者の声を、真摯に受け止めていきたいと思います。
■参考文献
加藤享子「富山県刀利村からの献木」(『真宗本廟(東本願寺)造営史―本願を受け継ぐ人びと』真宗大谷派宗務所出版部、2011年)
「御示談問答」(『第三四回郷土先人展 真宗の説教者たち』砺波市立砺波郷土資料館、2011年)
松金直美「地域真宗史フィールドワーク報告 富山県にみる近代真宗民衆史」(『真宗』2018年11月号)
松金直美「近代真宗における伝統性の構築―富山県西礪波郡刀利村の民衆世界を通して―」(教学研究所編『教化研究』163号、真宗大谷派宗務所、2019年)