ハンセン病問題に問われ続ける
金沢教区智證寺 長井 誓子
私たちにバトンは渡されている
私がハンセン病問題を意識したのは大学生の時である。当時、聴覚障害の子どもと地域の子どもと公園で一緒に遊ぶサークルに入っていた。地域の子どもが手話で話すことができないので通訳などもしながら、交流の橋渡しをする取り組みを行っていた。出会いを通して、互いを尊重して生きあうことの大切さを自分の中でも感じていた。そのころ、大谷派教師資格の授業でハンセン病問題に関わっておられる先生のお話を聞く機会があった。授業では、ある時先生が療養所に訪問した帰りに、園の入所者の方に「頑張ってください」と声をかけた時、「まだ私たちが頑張らないといけないのですか?」と言われたことを話されていた。その言葉は私の心に強く残り、いつか療養所に行きたいと思った。それから、ご縁で岡山県の療養所に行くことになった。
私は一人っ子で人見知りのため、診療所へ行っても何も話せずに帰ってきた時もあったが、そこに身を運ぶことがしたかった。行ってみると分かることや、自分の情けなさを知ることも多々あり、教えてもらうことが多い。ある入所者の方が、ここで感じたこと、知ったことを家族や友だちに話してほしいと言われた。問題を伝えていくというバトンは自分たちの側に渡されていて、ハンセン病問題は元患者の人たちだけの問題ではなく、あらゆる差別問題は私たち社会の問題なのだということをあらためて感じた。
栗生楽泉園を訪問して
今年6月に、「真宗大谷派ハンセン病問題に関する懇談会」第一連絡会の研修で、群馬県吾妻郡草津町にある栗生楽泉園を訪問させていただいた。自治会の方からのお話では、園の将来構想について、各宗教施設を修復して将来的に残すことを要望していることを聞いた。また、草津町との協議では園をアトピー性皮膚炎の患者の施設にする意見が出ていたが、新型コロナウイルス感染症(コロナ)の流行で話が頓挫して振り出しに戻っているという。草津町には多くの人が住んでいるわけではなく、使用されていない施設も増えてきている中で、この園を何かにしたいという具体的な意見が薄れているのではないかとのことであった。
また、段々と介護が必要な人が増えていく状況のもと、職員の数が削減されるなどで今の生活が維持されないのではないかとの不安もある中で、コロナの感染対策のため、なるべく行動を自重するようにと園から言われたことが堪えたという。「療養所での生活は、個人の生活ではなく集団生活ということで、自由に生活ができない。今後も何年続くか分からない」と話されていた。療養所は病棟だけではなく、入所者にとっては生活の場である。敷地内にある長屋のような建物に区切られた各部屋で生活している方や、介護が必要な場合は療養棟という施設で暮らす方もいる。それぞれに後遺症がちがうのにもかかわらず、一律に集団生活とされていることに辛さを感じておられるのではないかと思った。
父との体験を通して
昨年亡くなった私の父は、コロナの流行中に四つの病院や施設にお世話になった。最後は看護師のいる小規模多機能型の介護施設に通っていた。父が病院に入院した時はコロナが感染症法において五類になる前だったが、世間の感染拡大の度合いによって、熱を測ったり、一週間発熱していないかを確認し、私たち家族は病室で面会ができていた。最後父が老衰とコロナで亡くなった時も、フェイスシールドとN95マスクとエプロンを着用して面会させてもらった。
各ハンセン病療養所の中には、抗原検査をして中に入れてくれる療養所があることも聞くが、すべてではない。私は介護施設で働いていたこともあり、病院によって面会の対応が違うことは知っているし、コロナが流行し始めたころに家族に看取りのために院内へ入ってもらうのか悩んだことも覚えているので、理解はしている。しかし、社会では感染に気をつけながらも、以前の暮らしに戻ろうとしている中、「療養所では今も行動を制限されて寂しい」と言われていた入所者の言葉が頭から離れない。
ハンセン病問題から感染症の問題を見つめる
入所者の人たちは、偏見・差別のために社会に復帰することができず、自分のことを打ち明けられない状況がある。日本全国で流行したコロナでも、入院した人が、病気が治れば家に戻るように、ハンセン病の元患者も堂々と家に戻ることができる社会でなければならない。それができていないということは、社会にいる人間が、自分の中にある感染症に対する差別を克服できていないということでもあると思う。
これまでどことなく、ハンセン病問題は自分に降りかかる感染症の問題とは関係がないと思っていた。しかし、感染症の問題は、人と人との間に差別の感情がある社会を浮き彫りにし、被害者にも加害者にもなることを教えている。コロナの流行によって、周りから非難され、引っ越しを余儀なくされたり、自ら命を絶たれるということが起きていたように、ハンセン病問題から問われている問題は、自分の周りや自分にいつどんなかたちで起こってくるか分からない。私たち一人ひとりの在り方が、ハンセン病問題から突きつけられているのである。これからも誰かに任せるのではなく、自分ごととして考えて、少しずつでも行動していきたい。
【お知らせ】
小笠原登先生の志願に生きる
~吐鳳忌法要~
ハンセン病隔離政策に抗した医師・大谷派僧侶の小笠原登先生の事績に向き合い、その願いを訪ねます。
期日 2024年12月8日(日)
時間 午後1時~
場所 名古屋教区第14組圓周寺
講師 玉光順正氏(山陽教区光明寺前住職)
講題 「一人になる─人間解放への祈り─」
主催 吐鳳忌法要実行委員会
お問い合わせは、圓周寺(TEL:052-444-0024)
※「吐鳳忌法要」については、こちらもあわせてご覧ください。
☞「ハンセン病はいま<318>「吐鳳忌をお勤めする意義」小笠原英司」
真宗大谷派宗務所発行『真宗』2024年11月号より