教学研究所のルーツは、戦前の1937(昭和12)年に発足した前身の「教化研究所」にまでさかのぼります。その後、敗戦を経た1958(昭和33)年に「教学研究所」として新たなスタートをして以来、現代に至るまで、時代の課題と向き合いながら歩みを続けています。
1937(昭和12)年11月 | 「教化研究所」が発足。稲場道意、教化研究所長に就任。 |
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1940 (昭和15)年12月 | 「教化研究院」に改称。 |
1951(昭和26)年9月 | 「教化研究所」と改称して再発足。 稲葉道意、教化研究所長に就任。 |
1952(昭和27)年2月 | 菊池性善、教化研究所長に就任。 |
1952(昭和27)年9月 | 谷内正順、教化研究所長に就任。 |
1953(昭和28)年8月 | 「教化研究」創刊。 |
1956(昭和31)年1月 | 柏原祐義、教化研究所長に就任。 |
1956(昭和31)年9月 | 谷内正順、教化研究所長に就任。 |
1957(昭和32)年2月 | 「教化研究所東京分室」が開設。 |
1958(昭和33)年7月 | 「教学研究所」が発足。谷内正順、教学研究所長に就任。 |
教化研究所が教学研究所と改称されたのは、決して一般大衆に通じない難しいことを研究しようというのではなくて、教化の根本にかえることであり、それによって従来教化といわれて来たものを生きたもの、本当の教化たらしめるという願いからに他ならぬ、言いかえれば教団全体を如来の教法の用(はたら)かられる場所にしよう、こういう願いの実現なのである。(中略)
教団の実践は教学にある。如来の教法がそこにおいて頂かれ深められて行く、それが取りも直さず教団の実践である。
(「教学研究所とその仕事」、『真宗』1958年8月号)
1961(昭和36)年6月 | 蓬茨祖運、教学研究所長に就任。 |
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1967(昭和42)年4月 | 「教学研究所九州分室」が開設。 |
1972(昭和47)年7月 | 山口益、教学研究所長に就任。 |
1972(昭和47)年8月 | 「真宗教学研究所」と改称。 山口益、真宗教学研究所長に就任。 |
1976(昭和51)年7月 | 宮城顗、真宗教学研究所長に就任。 |
1980(昭和55)年9月 | 松原祐善、真宗教学研究所長に就任。 |
1981(昭和56)年8月 | 仲野良俊、真宗教学研究所長に就任。 |
1985(昭和60)年3月 | 「教学研究所」と改称。嶺藤亮、教学研究所長に就任。 |
1985(昭和60)年6月 | 「教学研究所条例」の改正に伴い、 東京分室・九州分室を廃止。 |
1987(昭和62)年3月 | 櫟暁、教学研究所長に就任。 |
1990(平成2)年1月 | 児玉暁洋、教学研究所長に就任。 |
1997(平成9)年1月 | 西田真因、教学研究所長に就任。 |
2002(平成14)年4月 | 玉光順正、教学研究所長に就任。 |
2005(平成17)年4月 | 小川一乗、教学研究所長に就任。 |
2010(平成22)年5月 | 蓑輪秀邦、教学研究所長に就任。 |
2013(平成25)年10月 | 安冨信哉、教学研究所長に就任。 |
2017(平成29)年8月 | 楠信生、教学研究所長に就任。 |
2022(令和4)年4月 | 宮下晴輝、教学研究所長に就任(現在に至る)。 |