伝道掲示板
みずからの愚かさに気づく時
人になる歩みは始まります。
相手の意見を聞かなくなった時、
人に成る道は閉ざされます。     (沼波政保)
たとえ朝咲いて夜散る花であっても
その中には無限のいのちがある。  (金子大榮)

愛媛県松山市の学生街に建つ正林寺

愛媛県松山市の学生街に建つ正林寺

愛媛県松山市。市内中心に(そび)える松山城から北に位置する通称「城北地区」は、2つの大学が隣接する学生街として知られている。今回お訪ねした正林寺は、そのただ中にある。

住職の浅湫(あさぬま)秀教さんは、数年前まで法務に携わりながら、市のコンベンションセンター(※会議や展示会を開くことを事業主体とする複合施設)に勤務されていた。その頃は、主にトレーニングの指導や水泳のインストラクターを担当されており、現在もたびたび市民マラソンに参加されるなど、生粋の体育会系の雰囲気を感じさせる方である。

その正林寺に掲示板が設置されたのは2年前。浅湫さんが、名古屋の友人を訪ねた際、久しぶりに訪れた母校、同朋大学に設置されている掲示板を見たのがきっかけだった。そこに書かれていた言葉に感銘を受け、同じように自坊からも何か発信していきたいと思い立ち、その後、早速設置された。

母校である同朋大学の掲示板に感銘を受けて建てられた。
母校である同朋大学の掲示板に感銘を受けて建てられた。

当初は、感銘を受けた沼波(ぬなみ)政保さん(元同朋大学長)の言葉を主に掲載されていたのだが、最近は専ら『真宗大谷派手帳』の中から言葉を選ばれているという。門徒さんのみならず、道行く人々も目にするもの。それだけに、なるべくやさしい言葉で表現されているものを、月1回のペースで掲載されているそうだ。

設置以降、あることが原因で1度、掲示板の更新を止めようかと悩まれたことがあった。しかし、そんな時、同教区の住職から「1度掲げた以上はあなただけのものではない。楽しみにしている人がいるかもしれないのだから、更新したほうがいい」と、背中を押された。その言葉で「また続けよう」と思い直されたそうだ。

ある日こんなことがあった。
掲示板の言葉を新しいものに差し替えていた時、1人の小学生がその様子をじっと見ていた。
「この掲示板、時々見てくれとるんか?」と尋ねると、
「うん、時々見とる。ほんで時々胸にジ~ンと響くことがある」と。
「見てる人はちゃんと見てるんやな」。

その後も、門徒さんからの反応や、通りすがりの学生さんや外国人の方が、掲示板の言葉をじっと見ている姿が励みになっているそうだ。
また、この掲示板設置と前後して、もう1つ始められたのが「落語会」。落語の世界の奥深さに気づかされ、落語を学び始めて数年。落語会では、噺家の方や落語を学ぶ仲間とともに住職自らも高座に上がる。

「掲示板の更新も落語会も、とにかく継続していくことが大事」。自らに言い聞かせるように、何度もそうおっしゃっていた。
グラウンドをはねる声や、楽器の演奏音がそこかしこからこだまする学生街。そのただ中にあるまだ若い掲示板とともに、浅湫住職は今日も歩み続けている。

(四国教区通信員 田中将登)
『真宗 2011年(9月)』
「お寺の掲示板」四国教区松山組正林寺
※役職等は『真宗』誌掲載時のまま記載しています。

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