2003(平成15)年 真宗の生活 1月 【礼拝】
<ご本尊に手を合わせる>
鑑真和上展を見に行きました。展示室の中央に置かれた鑑真像は厳かで生身のようでした。佇む私の斜め前に二人の老婦人がいました。冬の寒い日で、帽子を被った参観者が目立ちましたが、二人もそうでした。しばらく見入っていましたが、一人が鑑真像から目をそらさないまま、静かに帽子をとり、脇にはさんだのです。
その時、二十年ほど前のある展覧会での出来事を思い出しました。陳列された六字名号や方便法身尊像の前でメモを採っていると、傍に立つた老人が帽子をとり、数珠を手に合掌すると「南無阿弥陀仏」と称えたのです。瞬問「あっ! 仏さまだった!!」と気づかされたのです。寺では合掌していますが、美術館ということで仏さまへの態度が我知らず異なっていたのです。信仰心の表象である「仏さま」を「仏像・絵像・墨蹟」という鑑賞の対象-「物」-として見ていたのです。
それでは私たちは、ふだんの生活ではどうしているでしょうか。本山から絵像や名号をご本尊としていただき、たしかに仏壇に安置していますが、本当にご本尊となっているでしょうか。安置される場所だけが問題ではありません。お荘厳し、お給仕をし、礼拝することで、初めてご本尊となるのです。お給仕も礼拝もされずに、仏壇の中に放置されたままでは、信仰の対象である仏さまではなく、単なる仏画や墨蹟に過ぎません。まずお仏壇をきれいにお掃除し、お仏飯を供え、ご本尊に手を合わせる、そこから始めてみませんか。
『真宗の生活 2003年 1月』【礼拝】「ご本尊に手を合わせる」