お寺を共同生活の場に
日本海にほど近い富山県魚津市内に、本堂と庫裡を使ってデイサービス「まごころ」の運営を11年前から始めた専正寺があります。専正寺は本山の職員だった先代の住職が聞法道場を開きたいという強い願いで昭和29年に開いた新しいお寺。いわゆる所属のご門徒はおられないので、月参りや葬儀といった類の法務はなく、地域に根づいた集会場所として利用されてきました。
現住職の久津谷俊行さん(66歳)は、市内にあった大学職員を経て住職を引き継ぎました。寺院を、さらに多くの人びとの共同生活の場として活用できればと一念発起。富山県は年齢や障害に関係なく共に暮らせる街づくりを考える富山型デイサービスを推奨しており、特に地域密着型の小規模事業所としてお寺が注目されているようです。
富山型デイサービスは、「家庭的な雰囲気で、自然体で過ごせること、小規模ゆえに個々の状態に合わせたきめ細かい介護ができること、利用者を限定しないため、お年寄りと子ども、障がい者と子どもらが一緒に過ごすことによる生活上の相乗効果があるとみられること」とし、利用者目線のサービスの提供を目指す姿勢に、他の都道府県も注目しています。多くの自治体ではお年寄りと子どもが同じ施設を利用するには大変厳しい規制があるのですが、富山型にはない。久津谷さんは「まごころ」を始める前にデイサービスを運営するある女性に出会います。「その女性には自閉症の子どもがいました。三歳の時に自閉症だと診断されたそうです。その日から障がいをもった子どもの親になった。その子自身は何も変わっていないのに、私たちが健常なのか障がいなのかと区分けしていたのだと。高齢者も障がい者も一緒なんだと教えられました」。
「まごころ」には利用者もスタッフもいない
手すりのある段差から本堂に入ると、車椅子や大きなテーブル、介護ベッドやソファ、テレビなどが置かれ、利用者のための場所であることがわかります。内陣も開いており、御本尊が利用者をいつも見守っているといった雰囲気です。また、その裏側に庫裡があり、利用者の憩いの場となっています。庫裡には炊事場やお風呂が併設されています。
「まごころ」の事業内容は、デイサービスの他に、障害福祉サービス、児童発達支援、放課後等デイサービス、学童保育、乳幼児の一時預かり。利用者は現在50名。スタッフは20名。毎日利用される方もいれば、週に1度の方もいます。毎日20人ほどの利用者と12~3人のスタッフが一緒に過ごします。お年寄りもいれば障がいを抱えた子どももいます。開所時間は毎日朝9時から夕方5時まで。家族の要望で夜までお願いされることもあるようです。
「まごころ」を続けていける原動力は何か。「まごころ」の理念は「人として与えられた命を大切に生かし、生きる喜びを感じられる場を提供する」。その背景には、前住職がはじめた同朋会のようにお寺を人がいつも集る場所という光景が住職の中にあったのでしょう。一緒に食事をしたり、語り合ったり、散歩にでかけたり…、日々の当たり前の暮らしにとって誰が利用者で誰がスタッフなのかということは関係のないことのように見えます。まさに寄り合い所(サロン)のような風景。昼食もスタッフと利用者が一緒に作るのだそう。通常の施設では危ないからと利用者が包丁を握ることは禁止されそうなものだが、「包丁さばきは私たちよりもベテラン」と、ここではスタッフが寄り添いながら利用者に仕事を任せています。住職曰く、「共に過ごす場だから、利用者もスタッフもありません。当然スタッフとしての役割はありますが、業務に追われることなく一人に寄り添っていくこと。利用者の多くは人生の先輩方。介護しているという上から目線ではなく、その人が生活をそのまま続けていただくことが大切だと思っています。もちろんトラブルなんて日常茶飯事ですよ。でもそのことから私自身も生きるとはどういうことかを学んでいるんです。一緒に時間を過ごす家族のようなものです」。
利用者がスタッフとして働くという発想が地域を活性化する
始めた頃は苦労があったのでしょうか。「富山型の先駆けとしてやっておられた先生のスタイルを真似ることからはじめました。とにかくやりながら考えようと。自閉症を抱えた人が来た時には本堂の障子がすべて破られてしまった。むちゃくちゃになるのではと思いました。最初はどう接していいかわからなかった。でも時間をかけて付き合っていけばわかってくる。あばれる人に振り回されながら動く。そうすると『まあ、いいじゃないか』と腹がくくれるんですね。あるがままを認めていくことの大切さを学びました」。
この施設では「ダメ」「無理」という言葉は言わないことにしているそうです。その人にとって、その人の生きてきた人生の満足感を持ってもらうこと。そのことを大事にしていこうと住職はスタッフにいつも伝えています。
お寺なので、利用者の方とともに毎日お勤めをしています。「利用者は真宗門徒とは限りませんのでその方々に遠慮して、はじめはお勤めなども控えていたのですが、ある時『あんたはここの住職じゃろ? なんでお勤めしないのかな』と言われました。背中を押されたような気がしました」と住職。今では、毎日のお勤めの他に、週に3度ほど近くのお寺の僧侶にお願いして法座も開かれているとのことでした。
「まごころ」の近くに、第2の場所も準備中だそうです。「2部屋の小さな場所ですが、地元の人に無料で毎日開放したいと思っています。この地域には独居老人や認知症の人たちの行き場がないですから。『まごころ』に来ている人で元気な方にも手伝ってもらおうと考えているんです。お茶を出してもらったりね」。利用者がスタッフとなってもらうことで、利用者の意欲や生きがいにつながりそうです。
「高齢者が増え続けている地域ですが、それならば開き直ってある意味でシルバータウンにしたい。この地域の人たちにとって、施設というと嫌がる人もいるが、『お寺に行くよ』というと素直になる人が多い。だからお年寄りが暮らしやすい場所としてお寺を使っていただければ」。