安心して人事を尽くす

著者:真城義麿(元大谷中・高等学校長・四国教区善照寺住職)


「雑行(ぞうぎょう)を棄(す)てて本願に帰(き)す」と聞くと、雑行を全面的に否定するというように思われるかもしれませんが、そういうことではありません。明治時代を生きられた清沢満之先生が、若者に向かって他力回向(えこう)について話をされた中で、その当時福沢諭吉がよく使っていた言葉である「人事を尽くして天命を待つ」という言葉を引き合いに出して、他力回向というのは、他人任せから一番遠いことであり、「天命に安(やす)んじて人事を尽くす」ことであると言われました。「天命に安んじて」というのは、本願力に安心してということです。この私が仏さまから無条件に肯定されている。そして、そこに安心して人事を尽くしていく。私のできることを惜しまずやらせていただくということです。早く助けて下さいといって、お客さまのように待っているというようなことではないということです。安心して人事を尽くすことができるようになるということです。大きな安心感をベースにする。どの人にも存在価値・存在意義があり、そういう者同士が生きているというところに立ったところで、私たちは一人残らず、限りあるいのちを生きていけるわけです。
ところが、私たちはこの近代的な歩みの中で、こういうことを全く忘れてしまって、目の前の雑行(機能と成果)の世界で本当に一生懸命なのです。自分の弱みを見せられない、自分がいい人材だと人に認めてもらわなければ生きていけない。そんな大変な時代をつくってしまったのです。他人に安心できずに、一生懸命お金をためて一人で生きていく。無縁社会、無縁死という世界で苦しんでいる。
そうではないのです。あなたはあなたのままで丸ごと尊いのだという、何も付け加えなくても尊いのだといわれる本願の世界に出遇うと、それまでの歩みがいかに真剣なものであっても、雑行でしかなかったと気づかされて、あらためて出遇うご縁を引き受け精一杯生きていく道が開かれてくるのでしょう。


東本願寺出版発行『真宗の生活』(2014年版⑩)より

『真宗の生活』は親鸞聖人の教えにふれ、聞法の場などで語り合いの手がかりとなることを願って毎年東本願寺出版より発行されている冊子です。本文は『真宗の生活』(2014年版)をそのまま記載しています。

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