本願を生きる

著者:尾畑文正(三重教区泉稱寺前住職)


「極楽」に往生するとはどういうことでしょうか。極楽、つまり浄土の救いとは一切衆生を平等に救いたいと願われた阿弥陀仏によって荘厳された世界です。私一人の救いではありません。全ての存在がその存在を輝かす世界です。だから、その世界に生まれることが衆生としての私たちの根本的課題だと親鸞聖人はいわれるのです。

日頃、私たちが宗教を求める場合、その多くは「五穀豊穣」「家内安全」「長寿延命」「無病息災」です。「マメで達者で長生きしたい」という、きわめてご都合主義的な欲望の満足です。しかし、親鸞聖人が明らかにする本願の仏教はそうではありません。全ての人が救われる世界、文字通り、国籍も、民族も、老少も、善悪も、賢愚も、男女も、選ぶことなく、阿弥陀仏が願う万人共生の世界に目覚めることが救いです。それを往生といいます。

しかし、その浄土に往生することは、私の能力とか学力とか財力とか精神力とか、そういう「私」の資質で往生するのではないのです。全ての命を平等に往生させたいという、私の身にかけられた阿弥陀仏の本願を根拠とするのです。だから「なにごともなにごとも、凡夫のはからいならず」、「如来の御ちかいに、まかせまいらせ」と『御消息』にもいわれるのです。

このことを戦後六十四年(出典発行当時)の現実を通して考えてみれば、八月は特に戦争が思い起こされます。戦争とは万人を破壊する世界です。その悲惨な歴史に真向かいになる時、万人共生の世界に生まれることの課題に頷かないではおれません。しかし私たちの現実はこの課題を見失い戦争と差別に無批判な生活の中にあります。その生活こそ、阿弥陀仏により「地獄・餓鬼・畜生」の世界であると照らし出された私たちの現実です。あらためて「地獄・餓鬼・畜生」のない国を求めた阿弥陀仏の本願に目覚め、本願を生きることが願われています。

『親鸞聖人の手紙から』(東本願寺出版)より


東本願寺出版発行『真宗の生活』(2018年版⑧)より

『真宗の生活』は親鸞聖人の教えにふれ、聞法の場などで語り合いの手がかりとなることを願って毎年東本願寺出版より発行されている冊子です。本文は『真宗の生活』(2018年版)をそのまま記載しています。

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