福井県敦賀市南部、山地谷合の地域である疋田は敦賀運河の歴史ある在所で、この地の疋田舟川は江戸時代より敦賀京都間の物資運搬の役割を担っていたことから、宿場町としても栄えていた場所です。
このような歴史ある疋田に西德寺はあり、このたび住職の本田求さんと、そのご家族およびご門徒の眞杉繁さんにお話を伺いました。
西德寺は、本願寺第12代、教如上人の教えを受けた方が開かれた道場であり、蓮如上人の御影道中における福井県最初のお立ち寄り寺院にもなっています。眞杉さんも御影道中のお手伝いをなされています。
眞杉さんは齢89歳で50年以上推進員として活動をされている大ベテランで、36歳でおかみそりを受けられて以降、推進員大会33回、上山奉仕20回を経験し、寺院総代を15年以上も務められています。
また、眞杉さんの活動はこれだけでなく、疋田から7キロほど離れた廃村の旧山中村にある「親鸞聖人有乳山舊跡碑」を、敦賀組の有志の皆さんが人目にふれる国道沿いへ新たに建立され、その新しい石碑と元の石碑のお世話もされています。現地の石碑には「越路なるあらちの山に行きつかれあしもちしほに染むるはかりそ」と親鸞聖人のお言葉が刻まれており、歩いていくには険しい山道沿いにあります。「草刈りなど大変でしょう」、と眞杉さんにお聞きしたところ、「親鸞聖人にゆかりあるものをもっと多くの人に見てほしくて…推進員の活動もそうです。大切な聖人の教えを伝えていくために続けているだけですよ。地域も過疎化してきて引き継いでいくことも難しいですが、だからこそ体の動くうちは続けていきたいと思っています」と語られます。眞杉さんのように歴史や教えを継承・相続してくれる人がいることのありがたさを感じるとともに、私自身もこうあらねば、と考えさせられました。
伝えていくことについて、西德寺ではコロナを契機にZoom等を使用して葬儀や法事、法話の中継を行うといった取り組みを始められています。コロナによって遠方の親戚や縁ある人が集まれないことがあって工夫したとのことで、「こういう状況だから仕方ない、とやめてしまうのは簡単ですが、やめてしまえば途切れてしまう可能性もあります」「昔のやり方が絶対ということではなく、形を変えても仏法にふれていただくことが大切だと思っています」と、本田住職はこれからの時代においても持続可能な伝道の在り方を考えておられました。
「方法が変わっても、教えが変わることはない」、既成概念にとらわれて本質を見失ってはいけないと教えていただく取材でした。
(長浜教区通信員・野村顕俊)
『真宗』2023年9月号「今月のお寺」より
ご紹介したお寺:長浜教区敦賀組 西德寺(住職 本田 求)※役職等は『真宗』誌掲載時のまま記載しています。