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自分の人生のひと幕が劇になり、客観的に眺めることで過去を噛みしめていく。静岡県掛川市にある蓮福寺さんでは、「プレイバックシアター」という心に向き合うイベントを開催されています。また、今回の2回目になる実施では、将来心理学や医療・看護、福祉の分野に進む地域の高校生にも、参加を通して人の心について学ぶ場として開かれました。自分の人生を自分の目で見える形で振り返ることで、どんなことが見えてくるのでしょうか。その取り組みについてご紹介します。
◆プレイバックシアターとは?
プレイバックシアターとは、観客(参加者)が語った話(体験)をその場でドラマとして演じる台本のない「即興劇」とのこと(※1)。
語り手がインタビューを受け、自分に起きた瞬間や場面について語り、その場面が役者によって演じられ、再現(プレイバック)されます。語り手は自分の体験を目で見ることで、その場にタイムスリップしたかのような感覚や、時には涙を流すこともあります。
この活動を知り、実際にご覧になった馨敏郎住職は、人の記憶や経験に優しく寄り添い、思いを共有しようとする優れた営みだと思い、お寺での開催を企画されました。そして、「これから人に接し人の気持ちに寄り添うことを大切にする若い世代の方々の参加があると嬉しい」という願いから、高校教諭として勤めていた縁をたよりに、教員や医療・看護、心理学関係への進路を希望する高校生に呼びかけるイベントにされたそうです。
◆再現されることで思い出に閉じ込められた感情があふれてくる
劇に入る前に、参加者の緊張を解きほぐすワークショップが行われます。その様子を流れに沿って、ご紹介していきます。
1、自己紹介
円座になり、自己紹介をします。そして、「今日は○○と呼んでください」と、自分の呼ばれたい名前(あだ名)もそれぞれ紹介します。
2、ワークショップで距離を縮める
自己紹介の後は、椅子を片づけ、体をつかったワークショップを重ねます。年代を超えて、誕生日順、お寺にきた回数順、知り合いの人数順など、何度も並び替えを行うことで、体を動かし、大勢の参加者であっても自然に打ち解けた雰囲気ができあがります。
3、自分ではなく他人が演じること
ワークショップで、体も会場の雰囲気もあたたまったところで、いよいよ劇の時間に移ります。本日のお題は「卒業」。最初は参加者と劇団員の混合チームでの上演。もちろん即興です。台本に無いのに、本当に演じることができるのでしょうか。
インタビュアーによって、語り手の体験が引き出されていきます。いつどこで体験したことを語りたいと思ったのか。そして、そのとき何を感じていたのか。周りにはどんな人がいて、どういうことを語っていたのか。インタビューの最後は必ず「あなたの物語はどの場面で終わりましょう?ラストシーンを決めてください」と尋ねられます。語り手は、思い出した場面を確かめるように最後を決めます。ラストシーンを決めると、語り手の表情がすこし晴れやかになることが印象的でした。
いよいよ劇が始まります。参加者の中からの演者も含め、語り手が配役を決めます。自分の役、登場する人物をすべてを語り手が選んでいきます。そして、音の合図により、劇が始まりました。
先ほど語り手1人によって語られた体験の内容が、複数の人の動き、言葉、音によって再現されていきます。それは不思議な感覚で、語り手が1人で語っていた時には想像できなかった周りの人の気持ちや状況が想像できるようになります。語り手は「あの時、周りの人はこう思っていただろう」と思っていたことが、実は違った側面もあったのではないかと視野が広がる効果もあるように感じられました。
劇のあと、インタビュアーから「あなたの物語でしたか?」と語り手に問いかけられます。泣きながら、あるいは感じたことをしみじみと噛みしめるように語り手は答えます。観客である他の参加者も、演じられた思い出を共有し、それぞれに胸の内を確かめているようでした。
4、本日の劇、感想を劇団員が演じることで振り返る
こうして「卒業」をテーマに行われた劇を、あらためて劇団員が演じることで、会場全体で本日の振り返りを行います。
「どうなるのかな」
「人って色んな気持ちが同時に混在しているのだな」
「いつもはスマホでひとの顔が見えないけど、話してみると自分と違う学校、性別、年代の人と楽しく話せることがわかった。私、普段人の顔を見ていないのかもしれないな」
「話す前は言わないほうがいいんじゃないかなと思っていたことだったけど、話してみてよかった」
「自分ではその時の気持ちをどう言ったらいいのかわからなかったけれど、演じられたらハッキリと目に見ることができた。また、他の登場人物が出てきたので、自分では進むことができなかったことも、前向きでも大丈夫なんだと思うことができた」
劇だけでなく、その感想もあわせて劇団員によって演じられます。それも、参加者も含めて演じた内容も、短編メドレーのようにあらためて演じられます。こうした振り返りにより、語り手を含め、思い出の中から引き出された感情が、消化されていくにように、穏やかに落ち着いていく様子がうかがえました。
5、感想を共有し閉会
最後に、演じられた人、それを見ていた人、時間を過ごすことでどのような思いに変わったのか。近くの数人で小さな円座を作り、胸のうちを話し合います。その後、本日の全体を通しての感想を「ひと言」で表現し、参加者全体で共有します。
出てきたひと言からは、参加者が日程を通してさまざまな思いを抱いたことがうかがえます。
<ひと言>
「共有」
「思いやり」
「やっちまったなぁ」(語り手になった方から)
「人生を感じました」
「擬似体験」
「視野がひろがりました」
「染み込む」
「表現することの大切さ」
「明るく前向きになれました」
「目を背けないで行こうと思った」
「一歩前進」
「素直に自分の気持ちを言うことは大切」
「苦手なことがあって辛かったけど、少し殻が破れたかな」
最後に、日頃表に出さない感情と場面に触れる作業により疲れやすくなっている参加者に、「帰りは慌てず、いつもの道でもゆったりと帰って下さい」と伝え、会は閉じられました。
◆実施を重ねて見えてきたこと
実施を重ねる中で感じた手ごたえ、そして参加者からの反応を、馨住職はつぎのようにおっしゃいます。
このイベントには「人の思いに寄り添うことは大切なこと」だと感じて、人づてに来られる方もいらっしゃいます。連続で参加された方は、「知り合いではない方の思い出を聞き出し、受け止めるというのはめったにない経験。前回も家に帰ってから、いろいろと考えるきっかけになった」という想いを語ってくれました。
私は、お寺には、お行儀の良い正論や、お勉強のための知識を修得する場は必要ないのではないだろうかと感じています。社会や家庭でも表に出しづらい心のうち、抱えている想い、それぞれの人生のドラマを、包み込んでくれるような場と、空気感が必要なのではないでしょうか。
「プレイバックシアター」には、普段表に出さない胸のうちを語ることで開放される仲間の様子や、全体で共感する雰囲気があります。参加者はその雰囲気に身を浸すことで、「同朋」という空気感を感じることができるように思うのです。
「同朋の会」には、知識や学習は必ずしも必要ではないと思います。そこに居たいと感じさせる空気感があることが大事です。そのことに気づかせてくれるのが、プレイバックシアターなのではないでしょうか。大勢の人が、自分や他者の経験に耳を傾け共感するという座談の精神が、共感しやすい形で具現化されたものではないかと感じています。
私自身、お寺は「いまを生きる人が心救われる場所」であってほしい。昔、栄えたお寺はきっとそういう要素を持っていたのではないでしょうか。
このように、歩み続けている生活の中で、普段語ることなく置いたままにしてきた人生のひと幕を、同朋の会という場で語ることの意味をお話しくださいました。馨住職自身も、第1回目の実施の際、語り手として劇に参加し、自分の目で過去を振り返ることで、胸に秘めてきた思いを確かめることができたといいます。過去の経験が今の自分を大きく支えていることを、大勢の人とともに再確認することができたことが、グリーフケアの1つとなり得るのではないかと感じられたそうです。「悲しみ」を含め、過去の感情に向き合うことは、機会がなければなかなか容易に行えることではありません。気軽に、そしてこの場であれば…という空気感を、人の寄りあうお寺という場で開かれているように感じました。
(文:企画調整局)
※1「プレイバックシアター(Playback Teatre)」については、「Playback Seeds(プレイバックシーズ)公式HP」を参考にしています。