1994(平成6)年 真宗の生活 10月
<生命の讃歌「正信偈」>
「正信偈」は親鸞聖人の主著『教行信証』の「行巻」の終わりに書かれてある偈文で、正確には「正信念仏偈」といいます。内容はお経に依ってお念仏のいわれを述べた「依経分」と、七人の祖師様のご解釈に依ってお念仏の心を明らかにした「依釈分」との二段からなっています。
「依経分」は「仏説無量寿経」の根本精神である本願念仏の道理とその救いが述べられ、浄土真宗の内容が示されています。「依釈分」はインド・中国・日本を通して、七人の高僧方が本願念仏の教えを正しくご解釈してくださった伝統が述べられています。七高僧とは、インドの龍樹・天親、中国の曇鸞・道綽・善導、日本の源信・源空(法然)の七人で、その方々の伝記と行跡と教えが簡潔に述べられているのです。
「正信念仏偈」という名が語っているように、本願の念仏を正しく信じた人々の生きざまが「偈(歌)」として表現されています。歌は感動の表現です。親鸞聖人ご自身が念仏の伝統に浴された感動を、実に格調高い漢詩の形で歌われた、いわば「生命の讃歌」です。
あたかも大地の底に流れる地下水が、時として泉となって湧き出るように、人類の底に脈々として流れていた本願の生命が、七百有余年前に親鸞聖人をまって、念仏の讃歌となって地表に現れ出た、これこそが正信念仏の偈だと言えましよう。
「帰命無量寿如来、南無不可思議光」と歌い出される「生命の讃歌」は、人に生まれて、本願の念仏に遭い、はかりなきいのちとひかりに目覚め、その真っただ中を明るく生き生きと生かさせていただきますという、人間に生まれてあったことの真の喜びと謝念の表白として、人々の口から口へ、心から心へ、そして生命から生命へと間断なく受け継がれてきました。
二十世紀末を生きる私たちもまた、このお念仏の感動の流れの中に身を置き、生命あることのスバラシサをかみしめ、友や後輩に、子や孫に、その感動を伝えていこうではありませんか。
『真宗の生活 1994年 10月』 「生命の讃歌「正信偈」」「大阪教区『教化センター通信』から」