ラジオ放送「東本願寺の時間」

津垣 慶哉(福岡県正應寺)
第2話 教えの伝承 [2010.3.]音声を聞く

おはようございます。私は寺の住職になって早や15年を過ぎました。驚くべき速さで時間は流れていきます。今改めてその間のことを顧みますと、忘れられないさまざまな出会いや別れがありました。中でもお葬式という非日常的な時間を遺族や親族の方々と共にするときには特別な思いが刻まれています。
数年前のあるおばあちゃんの死をめぐっての出来事をここでご紹介したいと思います。
そのおばあちゃんは90歳を過ぎて老衰でお亡くなりになりました。聞くところによると、20代の若い頃から仏教に熱心な方で、ずっとお寺まいりも続けておられたとのことです。私が住職になってからも、お寺の法要等にはいつも最前列でおまいりされ、その都度お話の内容についての感想を語ってくださったりで、私の良きアドバイサーでもありました。お盆の法要のときなど私がお経をあげていると、後ろからうちわで涼しい風を送ってくださるようなお方でした。
そのおばあちゃんがお亡くなりになった、とのご家族からの電話がありました。病気とは無縁のような元気な方でしたので私も驚いて、すぐにご自宅へかけつけました。玄関を入るとその家の奥さん(おばあちゃんの娘さん)が応対されるや、いきなり私に向かって「住職さん、困ったことになりました」とおっしゃるのです。「どうしました?」と私が言うと、「実は今までお寺さんや仏さんのことは、みんなばあちゃんに任せっぱなしだったので、どうしていいのかわからなくて・・」とのことでした。おまいりを終えてお茶をいただきながら、その話の続きを伺いました。「そういうことでこれから四十九日までの間のことを私たちに一つ一つ指示してください。私たちは言われたとおりにしますので・」とのことでした。
これまでいただいた恩返しの気持ちもあって、「わかりました。それではこれから私がいいますので、お願いしますよ」。「まず初七日までにお内仏(真宗ではお仏壇のことをそのように申しますが、そのお内仏)の周りを家族みんなでお掃除してください」と言いました。一週間後には見違えるように整頓されていました。「では次はお内仏の中です。こんな風にお願いします」。さっそく仏具磨きなども使ってきれいに整えられていました。「では準備は整いましたね。今度は家族みんなで正信偈のおつとめをけいこしてください」とテープを渡しました。正信偈というのは親鸞聖人がおつくりになった詩のことです。
そうこうしているうちに49日のご法事の日がやってきました。おまいりに来られた方々はその部屋と家族の変容ぶりに口々に驚きの声を発していました。おつとめの後の食事の席が盛り上がったのはいうまでもありません。その後一周忌を終え、三回忌のご法事を終えたころでした。命日の日、お宅へ伺うと、この奥さんが嬉しそうにおっしゃいました。「住職さん、私わかったような気がします」「何ですか?」「ばあちゃんが亡くなってお葬式をして、その後は私が毎日仏さまの前で正信偈をおつとめするようになって、ずっと続けていたらわかったんです。ばあちゃんがずっと長い間大事にしていたのはこのことだったんだ、と」。その言葉は私にとって胸の熱くなる瞬間でした。
このおばあちゃんは生前私によく言っていました。「家族のものがなかなか仏さまにおまいりをせん、困ったもんじゃ」と。でもおばあちゃんがお亡くなりになったことが機縁となって、その願いは子供さんやお孫さんに確かに伝えられていたのです。仏法は毛穴から入るという話を聞いたことがありますが、そうかこういうかたちで伝わるもんだな、と身をもって教えられたできごとでした。

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