さらなる誓い
- 【原文】
五 劫 思 惟 之 摂 受
重 誓 名 声 聞 十 方
【読み方】
、これを五劫 して思惟 す。摂受
重ねて うらくは、誓 名声 に聞こえんと。十方 - 【原文】
『
これが「
その第一の誓いは、「私が発した願いがすべて成就しないのであれば、私は仏に成りません」という誓いでありました。ここには、一切の人びとをたすけたいという本願を必ず実現させようとする、法蔵菩薩の強い決意が表わされています。
そして第二の誓いは、「悩み苦しむあらゆる人びとを救えないのであれば、私は仏に成りません」という誓いです。これは、いつでも、どこでも、苦悩のない人はいないので、その人びとの悩み苦しみを取り除いて、ほんとうの安らぎを与えたいという誓いなのです。
第三の誓いは、「私の
親鸞聖人は、この第三の誓いをとくに大切に受けとめられて、この「正信偈」に「重ねて誓うらくは、名声十方に聞こえんと」と詠っておられるわけです。それは、この第三の誓いが、四十八願全体の中心となっていると受けとめられたからだと拝察されるのです。
さきほど、「名声」というのは「名号」のことだと申しましたが、「名号」は「お名前」ということですから、「阿弥陀仏」という四文字が名号だと考えてしまいます。しかし、実はそうではなくて、これに「南無」を加えて、「南無阿弥陀仏」の六文字が、私たちに届けられているお名前なのです。「南無」は「
私たちには、いつも自分へのこだわりが付きまとっています。いつも自分の都合を優先させてしまいます。そのような私たちが信順するといっても、それは自分の都合のための信順ですから、まともな信順にはなりません。純粋な「南無」ではないわけです。いわば取り引きのようなものになってしまいます。そのために、そのような私を
こうして、親鸞聖人は、『大無量寿経』に説かれている釈尊の教えに基づいて、阿弥陀如来が「南無阿弥陀仏」という名号を私たちに施し与えてくださっていることを教えておられるのです。聖人は、「南無阿弥陀仏」がご自分のところに届けられていることを深く喜ばれ、届けられた「南無阿弥陀仏」を大切に受け取られたお方であると思うのです。
大谷大学名誉教授・九州大谷短期大学名誉学長 古田 和弘