鴨(かもの)長(ちょう)明(めい)の『方(ほう)丈(じょう)記(き)』には、一一八五(元暦(げん りゃく)二)年に起きた元暦の震災のありさまが生々しく綴(つづ)られています。そして、その後に長明はこう記しています。
「すなわちは、人みなあぢきなき事を述べて、いさゝか心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日重なり、年経(へ)にし後(のち)は、ことばにかけて言ひ出づる人だになし」
つまり、〝震災が起きた当初、人はみな世のはかなさを口にして、ふだんの欲望や煩(ぼん)悩(のう)が少し薄らいだように見えたけれども、何年かすると誰もそんなことを言わなくなった〟と。これはまさしく、東日本大震災から三年を経た私たちの姿そのものではないでしょうか。
あの日、津波で家や町が流される映像をテレビで見た私たちは、息を飲んで言葉を失いました。サンスクリットで「悲」を表すカルナー karun(・)ā という語は、もともと「うめき」という意味だそうです。私たちはあまりの悲しみに言葉を失い、そのときだけは個人的な欲を忘れて、損得を顧(かえり)みず人を助けたいという思いにかられました。
ところが、数年たったら、みな元通りです。私が住む寺の近所におられる年配の女性がこう嘆(なげ)いておられました。「悲しみがある時には、温かく優しい気持ちになることができたのに、三年たったら薄れてしまった。なぜでしょう?」と。
仏教で、「悲」は「大(だい)悲(ひ)」「中(ちゅう)悲(ひ)」「小(しょう)悲(ひ)」の三つに分けられます。そのうち「小悲」とは私たち人間の悲しみです。それはいかに激しくとも、自分と関係の近い人のことしか悲しめない、そして時間がたつと忘れてしまうような個人的・限定的な「悲」です。それに対して仏さまの「大悲」は、「無縁の慈悲」と言われるように、全てのいのちを悲しみ、救いの手を差し伸べる。有限な私たちには及びもつかない無限の「悲」です。
しかし、悲しむべきことを悲しみきることができない自分の姿を、仏さまの大悲によって照らされたとき、逆にそのことが悲しみとなる。そのときに、ある「転換」が起きるのです。そう思うと、「大悲」とは決して小悲と別のところにあるのではなく、小悲を包み込むようにしてあるのではないか、ということが見えてきます。
『同朋』2014年3月号「仏教の視点から」(東本願寺出版部)より