春ならではの食材でつくるお斎
県内有数の植木産地である緑豊かな里、新潟県三条市下保内。ここでは、近隣住職による法話会が開かれています。11カ寺が順番に会所となり、それぞれの門徒さん達が一緒にお勤めをし、聞法し、お斎をいただく、というものです。
お斎のスタイルは各寺院それぞれですが、淨福寺さんは、近くで採れた食材を使って手作りされています。
お手伝いの方も少人数で
大きな法要と違い、今日のお勝手のお手伝いは3人だけ。メニューは坊守の青山えい子さんが決められるそうです。あらかじめ、筍や菜っ葉の下ごしらえ、漬物の準備などをえい子さんが行います。
当日は朝7時からお斎の準備がスタート。リーダー的存在の今井さんは、15年前に夫を亡くしました。「奥さんが優しいからお寺に来やすいの。いろいろ話を聞いてもらってね」それからずっと、行事のたびにお勝手や草取りなどのお手伝いをして下さるそうです。
次に高橋さん。亡くなった義母の代わりに寺へ来たのがきっかけでしたが、退職されてから頻繁に足を運ぶようになったそうです。「今井さんの弟子なの。何でも教えてもらってる」とおっしゃいます。そして「今日が初めてで、何にもわからない」と笑う最年少のマキさんは、えい子さんのお友達の娘さんで、普段は東京にお住まいです。
洗い場とコンロが沢山ある使いやすそうな台所で、3人はそれぞれ声をかけ合って分担し、作業を進めます。お手伝いは何人いなきゃ出来ない、というのではなく「今日はこの人数だから、じゃあこういうふうに分担しましょう」と、柔軟に対応されているようでした。
あるものだけでごちそうに!
今日のメニューは春山の恵みをたっぷりと。
① 筍、コシアブラ、椎茸、行者にんにく、湯葉の天ぷら
② 筍やゼンマイの煮物
③ 水菜、人参と油揚げの炒め物
④ 折り菜のお浸し
⑤ ヤ―コンとカブの漬物
⑥ サラダ
⑦ えごと湯葉のお刺身
⑧ 手作りの山椒味噌
⑨ 筍、三つ葉、豆腐と油揚げのお味噌汁
⑩ おにぎり
⑪ 餃子の皮のりんごパイ
特別な材料はありません。住職の信太郎さんとえい子さんが裏山で採った山菜や、御近所の方にいただいたものを主に使います。りんごは冬に沢山いただくので、煮りんごにして冷凍しておくのだそうです。あるものを使ってメニューを考えますが、天ぷらからデザートまで、全11品にわたるごちそうになりました。
いよいよごちそうの時間
法話会は午前10時からで、集まった門徒さんは23人。毎回お参りをする人もいれば、初めて聞法する人もいらっしゃいます。座布団を敷いたベンチに腰掛け、リラックスムードです。
午前の部の法話が終わると正信偈のお勤めをし、いよいよお待ちかねのお斎の時間です。
お朝事のメンバーの竹田さんを中心に、男性陣がテーブルの準備をし、そこへ女性陣が配膳を手伝います。料理は大皿から各自取って、気取らずにワイワイガヤガヤ。持ち寄りの笹団子や甘酒もあります。
「これどうやって作ったん?」
「誰持ってきたの~?」
「今年は筍あんま採れねんだ」
「いい香りだねえ。おい~しわあ」
いただきながら会話が弾みます。
「お隣の人としゃべってね~。お隣の人、誰だか分かる?自分は誰だか、お隣の人は知ってますか~?自己紹介してね」
「午前中聞いたお話、どう思ったあ?って、お隣に聞いてみてね~」
坊守のえい子さんが、さらに皆さんの仲を取り持ちます。
お斎でできた柔らかな空気
お腹がいっぱいになった頃、お隣の長泉寺門徒、知野さんによる、甚句本唄「仏の国」が始まり、「はあ~、どすこい、どすこい」と合いの手を入れながら、皆で楽しみます。お茶を飲みながら一息ついたところで、午後の法話の始まりです。
長丁場ですが、いろんな住職の話を代わる代わる聞くので、飽きることは無いようです。
2時半に会が終わると、初めて参加した女性は「いつもこんなじっとして話聞くことなんてないからさあ、くったびれたあ~」と本堂でごろり。「でも良かったて~」と満面の笑みで、くつろいでおられます。
お斎の時間の自然な雰囲気が、そのまま本堂を包んでいる。場をともにし、食をともにし、話をともに聞く。お斎の仏事としての人をつなぐ力、それも柔らかな空気をもってつないでいく力を見たように感じました。
他をうらやむのではなく、あるものでできるように
25年前、後継ぎのいなかった淨福寺に、縁あって信太郎さん一家は入寺されました。大切にされているのは、“丁寧に”ということ。馴染みのない土地で1軒1軒寺報を配って回り、日々の関わりを大切にされてきました。多分に漏れず、淨福寺の地域でも、お参りする人の減少、高齢化は悩みの種です。
しかし、信太郎さんとえい子さんはおっしゃいます。
「私達は25年かけて門徒になったんだよねえ。最初は仕事だと思っていた。でも対価はない。正解があるものを求めるのとは違う道。ずっと試行錯誤だよ」
「阿弥陀様と私、親鸞と私、それから住職がいて、ここに同朋会があることが嬉しい。そこに門徒さんが1人でも加わってくれると、もう本当に嬉しいの。でも集まってくれなくても、どこででも、その人が手を合わせてくれていたらそれでいいんじゃないかな」
お2人とも柔軟で、とても暖かい思いを持っていらっしゃいました。淨福寺での法話とお斎は、どんな形でもいいよ、みんなで一緒に悩みながらやっていこうよ、と励ましてくれるものでした。
多くの人が来てくれるように、趣向を凝らしたイベントの企画に悩んだり、活動的な寺院を羨ましく思ったりもしますが、大事なのは自分に出来ることを精一杯やるということ。それぞれの寺院で、それぞれの門徒さんとお付き合いする中で生まれたものを守っていくことが大切なのでしょう。
今あるものを有り難くいただいて、それを丁寧に扱う。当たり前だけど、なかなか出来ないことを、淨福寺さんに教えていただきました。
(三条教区通信員 野々原昌美)