当今は末法なり(楠 信生)

自然災害の中で

2019年9月の台風15号、10月の19号・21号による被害の範囲の広さと程度の甚だしさは自然の力を改めて考えさせられました。暴風による屋根の損壊は想像を超えるものでした。至る所での、堤防の決壊による洪水の様子は、2011年3月11日の東日本大震災を想い起こさせるような悲惨な光景です。その上、猛暑の中での長期にわたる停電。度重なる受け入れがたい災害に、日常の生活の意味を考えさせられます。また、台風の発生ということについて、何十年に一度というような大型台風が立て続けに来襲したのも、地球温暖化による海水温の上昇にあると指摘されています。

天災そのものが起きることは、人力の及ぶところではありませんが、温暖化は私たちがより快適な文化生活を追い求めてきたことと深いかかわりがあります。2019年9月23日、ニューヨークで開かれた国連の「気候行動サミット」で、温暖化阻止を求め世界的運動をしている若者を代表して、スウェーデンの少女グレタ・トゥンベリさん(16歳)が各国指導者に訴えました。

人々は苦しみ、死にかけ、生態系全体が崩壊しかけている。私たちは絶滅に差し掛かっているのに、あなたたちが話すのは金のことと、永遠の経済成長というおとぎ話だけ。何ということだ。〔中略〕あなたたちには失望した。しかし若者たちはあなたたちの裏切り行為に気付き始めている。全ての未来世代の目はあなたたちに注がれている。

(2019年9月25日付『京都新聞』)

経済とは「経世済民」が語源で「世を治めて、民の苦しみを救う」という「政治」の意味であったと言われています。しかし今は、もっぱら「理財」、つまり貨財を有利に運用するという意味で使われ、元の意味が失われているようです。言葉の意味も、その時々の人間の成熟度によって意味合いが変わるようであります。いずれにせよ、いろいろな災害を考えるとき、トゥンベリさんの指摘は軽いものではありません。

1990年『真宗』1月号の「巻頭のことば」に、「念仏者の使命」と題して次のように書かれています。

私たちを取り巻く社会の現状は、地球規模における環境破壊によって資源の枯渇や生態系の異常など深刻な問題を生じており、すべての人々が”いのちの危機”を本能的に感じはじめている。
「五濁の世、無仏の時」とは、本願念仏を生きる者の時代感覚であり、生きる根拠でもある。この滅びの時代を、いかにゆるやかなものにしていくか、という人類共通の課題に対して、いま念仏者の使命が問われているのではないか。

危機意識をもって呼びかけられた言葉です。しかし内外共に闇が増しているのが現実です。私たちは地球に誕生し続ける「いのち」の未来を奪わないために何をしてきたのでしょうか。

平成から令和へ

1989年『真宗』2月号の「巻頭のことば」に「激動の時代「昭和」の終焉と宗門人の自己批判」と題して次のように記されています。

激動の時代「昭和」が終わった。満62年14日間の故天皇在位期間中、約4分の1が悲惨な戦時であったことは忘れ得ない。〔中略〕我々宗門人が、1926年(昭和元年)以後1945年まで、明治・大正時代にまして、帝国主義的侵略政策に追随して、国家神道肯定・戦争礼賛・英霊賛美の宣教活動を行った事実と、戦後四十数年を経た今日もなおその非を徹見しえない実情において、いよいよ深く宗門の戦争責任を痛感せざるをえない。〔中略〕そしてその精神生活の自覚内容として、過去数百年にわたって形づくられてきた宗門の民族宗教的体質・権力追随的体質への厳しい自己批判が一人一人の内面に深化されていかねばならない。

時は今、平成から令和へと元号が変わりました。昨年5月1日剣璽等承継の儀、即位後朝見の儀、10月22日即位礼正殿の儀、11月10日には祝賀御列の儀、そして11月14・15日新天皇の初めての新嘗祭である大嘗祭が行われました。政府は憲法の趣旨にのっとり政教分離に反しないよう十分な検討が行われたと述べていますが、政教分離に抵触する懸念を払拭できません。平成を通じ、国民に寄り添う姿勢を保ち続けて来たのが皇室の意思であったと思います。その意思が尊重されたのかも疑問です。

『真宗』の1989年2月号、そして先に引いた1990年1月号、共に元号が変わる中で宗門の抱える課題と願うべき方向を問いかけています。続いて、1989年3月号では、現代の問題といえることが「巻頭のことば」で指摘されています。それは「時代社会に応える宗教」と題するものです。

かつて、宗教学者西谷啓治氏が、現代という時代の根本性格を〈宗教不在〉ということに置いて考えてみたらどうか、と提言したことがある。洋の東西を問わず、人類史上にはいろいろな時代があったが、現代という時代が他と根本的にちがった性格を持つとすれば、〈宗教不在〉と言い表してよいのではないか、というのであった。

朝な夕なに念仏し、寺院の法座にも多くの参詣があった時代において、真宗教団は国家神道の波に取り込まれていきました。まして現代は、「無宗教」「宗教離れ」「寺離れ」ということが言われて、正しい信仰とは何かという問いから距離ができるばかりです。元来、宗教と道徳とは存在の根拠が異なります。しかし過去の日本において、国家神道を根拠にした国民道徳という名の下に国家への忠誠を要求しました。そして、言葉上は信教の自由を謳っていたものの、実質的には諸宗教を規制したという事実があります。真の道徳を考えていくためには、「宗教」がなくてはなりません。教育勅語に象徴される、愛国心が国家権力によって要求されるような国は平和な国とは言えないのです。すべての人が真実信心に目覚め、自己と社会に厳しい目を持ちつつ、共に生きんとする人々の国でありたいものです。

ただ浄土の一門あり

『教行信証』「化身土巻」に道綽禅師の文が引かれています。

『安楽集』に云わく、『大集経』の「月蔵分」を引きて言わく、我が末法の時の中に億億の衆生、行を起こし道を修せんに、未だ一人も得る者あらじ、と。当今は末法なり。この五濁悪世には、ただ浄土の一門ありて通入すべき路なり、と。

(『真宗聖典』338頁)

道綽禅師は、仏滅1911年にあたり、末法に入って11年目に幷州へいしゅう汶水ぶんすいに生まれたとされます。14歳で出家されたとき、僧侶の堕落と、隣の北周では廃仏の法難による僧侶の殉死がありました。そのような末法の現実を目の当たりにする時代を生きられたのが道綽禅師です。五濁悪世は人間を本当に生かす願いを見失った時代です。「まこと」と言いうるのが本願であることを見出し難い時代です。人間が自ら五濁悪世を作って生きていることを知らしめて、むしろそのような人間を正機として浄土の門が開かれてあることを道綽禅師は明らかにして下さいました。その心を親鸞聖人は、『高僧和讃』(道綽讃)で「縦令一生造悪の 衆生引接のためにとて 称我名字と願じつつ 若不生者とちかいたり」(『真宗聖典』495頁)と詠っておられます。

「平成」初頭の『真宗』に掲載された三つの「巻頭のことば」を出させていただきましたが、先人が危機意識の中で私たちに伝えようとされたことは、ひとえに親鸞聖人と同じ信心に生きてほしいということであります。末法・五濁悪世はただ歎くべきことではありません。また、末法も五濁も人間が決めることでもありません。仏説により教えられることであります。末法五濁に深い悲しみを抱き「ただ浄土の一門ありて通入すべき路」と聞法の場を開き続けるのが真宗寺院の使命であります。宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗八百年慶讃法要を勤めるということも「ただ浄土の一門あり」「ただ念仏」ということが、私たち一人ひとりのところに始まるということではないでしょうか。

([教研だより(162)]『真宗』2020年1月号より)