人間を忘れない東京宣言
─ハンセン病問題への取り組みの課題と、今後の方向性─
<ハンセン病問題に関する懇談会委員 酒井 義一>

10月に開催された「第9回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会」(東京集会)で採択された宣言は、現在の課題と今後の方向性を表現していくことを主眼に作成されました。その内容をここに確かめてみたいと思います。

 

普遍的な課題をさぐる

 今回の集会では、ハンセン病問題と震災・原発問題が大きなテーマとなりました。それぞれの問題には当然ながら違いがありますが、その底には共通の普遍的な課題があるという認識が共有されました。そのことを、「人間が抱える闇─人間を忘れていくこと」と表現したいと思います。
 ハンセン病隔離政策は、ハンセン病を生きる人々から故郷を奪い、友人や家族を奪い、そこに生きるひとりの人間を隔離という形で忘れ去ろうとしてきました。
 一方、震災・原発問題は、被曝せざるをえない労働者の存在を見失い、津波や原発事故によって故郷を失った人々や苦しみや悲しみを抱えて今を生きる人々を忘れ去ろうとしています。その底には、人間が抱えている忘却や風化という闇が存在しているのではないでしょうか。
 ハンセン病問題や震災・原発問題の底には、まるで地下水のように、人間を忘れていく者たちを悲しむ心や「人間を忘れない」という普遍的な願いが流れ続けているのかもしれません。
 私たちは名前を持った具体的なひとりとの出会いを大切にしながら、「人間を忘れない」という願いをいよいよ明らかにし、共闘への道をさぐっていきたいのです。

 

語り継ぐということ

 国は、ハンセン病問題への対応として「最後のひとりまで責任を持つ」と表明しました。しかし、そのことさえきちんと実行されていない現実があります。それに対して、私たちの運動はどうあるべきなのでしょうか。最後のひとりがいなくなれば終わってしまう運動であってはならない、ということをあらためて強く思います。アウシュビッツが人類の課題として今に続いているように、ハンセン病問題とは何か、なぜ人間を忘れたのか、この歴史は誰が作ったのか…等々。まさに人間存在の闇を明らかにし、その中を生き抜かれた人々のいのりを受け取り、「人間を忘れない」という願いを次の世代に語り継いでいく運動をこそ、大事に作りだしていきたいと思っています。
 私たちは、人類の歴史の教訓としてハンセン病問題から自らの生きる道を学ぶのです。そのためには、自分が聞いたことを自らの生き方に関わる問題にまで深め、自分の言葉で自分の課題を語り継いでいくことが大切です。一人ひとりがその担い手になることを、集会宣言は誓っています。

 

真宗同朋会運動へ

─ひとりを同朋として見いだす─
 真宗大谷派は真宗同朋会運動をいのちとする教団だといいます。いのちですから、それを見失った時、教団は死んでしまいます。では、その真宗同朋会運動とはいったいどのような運動なのでしょうか。
 それは、単に寺に同朋会を作るという組織論にとどまる運動ではないはずです。理念には、「単に一寺、一宗の繁栄のためのものでは決してない。それは「人類に捧げる教団」である」と表現されています。
 また、同朋という言葉について宮城顗先生は、「「御同朋」という言葉は、実は「一切衆生」、つまり、おおよそ人間をみる眼を言い表している言葉であって、あえていえば、念仏者とは一切衆生を「御同朋」として見出していく存在。」と表現されています。そこに生きるひとりの人間を同朋、すなわち道を求めて今を生きる者として見いだしていくという運動が、真宗同朋会運動なのではないでしょうか。ハンセン病を生きるひとりを、そして震災や原発事故を生きるひとりを、同朋として見いだすことのできる私になることが願い求められています。
 宣言に血が通い、肉付けがなされることが私たちの宿題です。そのためには、一人ひとりの主体的で具体的な動きが不可欠です。そのような動きが、ハンセン病問題そのものから待たれています。

 

人間を忘れない東京宣言

 私たちは、第9回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会において下記の宣言を採択し、今後の歩みの指針とすべく、ここに内外に向かって表明します。
 
 ハンセン病隔離政策で故郷ふるさとを奪われた人々と、原発事故で故郷を失った人々には、共通点があります。それは、国の隔離政策や原子力行政によって、様々な苦難を強いられているということです。さらにそこには、私たちの持つ忘却や風化が重なりつつあります。この国や私たちが常にいだく闇、それは、そこに生きている人間を忘れてしまうという闇です。
 
 私たちが大切にしたいことは、人々のいのりの声に耳をすますということです。今を懸命に生きる人の声に、そして、亡き人たちからの声にも、私たちは耳をすますのです。そして、自らが出会ってきた人や言葉をきちんと受けとめ、それを自らの課題にまで深め、次世代へ伝える担い手になるのです。
 
 人間を忘れない。それは、目の前の人を、道を求めて今を生きる同朋(どうぼう)として見いだしていくということです。親鸞聖人(しんらんしょうにん)は、憶念(おくねん)という言葉を大切にされました。憶念とは、ずっとそのことを思い続けていくということです。人間を簡単に忘れ去っていく時代社会に身を置きつつ、ひとりの人間をずっと見つめ続けていく世界への歩みをすすめていきたいのです。
 
 私たちは、ここに次のことを誓い、集会宣言といたします。
一 ハンセン病問題や震災・原発問題など、個別に見える諸問題の底には、人間回復・人間解放という普遍的な課題が流れているということを、しっかりと知り続けていく学びをすすめていきます。
二 「最後のひとりまで」で終わってしまう運動ではなく、たとえ最後のひとりがいなくなったとしても、ハンセン病問題や震災・原発問題を自らの大切な課題として受けとめ、次世代に語り継いでいきます。
三 ハンセン病問題や震災・原発問題などへの取り組みを、真宗同朋会運動としてとらえ、そこに生きるひとりの人間を、同朋=すなわち道を求めて今を生きる者として見いだしていく運動を、一人ひとりの責任においてすすめていきます。
 
2013年10月17日
第9回真宗大谷派ハンセン病問題
全国交流集会 参加者一同

 

真宗大谷派宗務所発行『真宗』誌2014年1月号より