-京都教区の大谷大学業生が中心となって結成された「京都大谷クラブ」では、1956(昭和31)年から月1回、『すばる』という機関誌が発行されています。京都市内外のご門徒にも届けられ、月忌参りなどで仏法を語り合うきっかけや、話題となるコラムを掲載。その『すばる』での連載のひとつである「真宗人物伝」を、京都大谷クラブのご協力のもと、読みものとして紹介していきます。近世から近代にかけて真宗の教えに生きた様々な僧侶や門徒などを紹介する「人物伝」を、ぜひご覧ください!

真宗人物伝

〈21〉七条村道場左近右衛門
(『すばる』742号、2018年3月号)

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            六条御殿鑑札(中野正治氏所蔵) 

         ※写真提供:同朋大学仏教文化研究所

 

1、毛坊主の左近右衛門

近江国坂田郡七条村(滋賀県長浜市七条町)に、代々当主が「()(こん)()()(もん)」「左近」と名のった真宗道場がありました。この七条村道場やその当主については、18世紀後半以降の史料にその名が見られます。

 

寛政4年(1792)に序文が書かれた近江国の地誌である『(おう)()()()(ざらえ)』 によれば、正覚寺(滋賀県米原市樋口、大通寺〈長浜別院〉末寺)に所属する道場として「()(ぼう)(もと)左近」が七条村にいました。

 

また領主である彦根藩が作成した戸籍簿の写しとみられる記事に、大通寺の下道場で、農業と仏門を兼業する「毛坊」として、45才の左近右衛門が記されています。俗人ながらも道場の住持を務める()(ぼう)()の存在形態を的確に示している記述と言えるでしょう。

 

嘉永7年(1854)正月、35才の「((マ)(マ))右衛門」(釈正定)に住職が免許されました。寺院化に先駆けて、道場の当主が正式な僧侶となったものとみられます。

 

そして安政6年(1859)に「六条御殿」つまり東本願寺から七条村の「左近右衛門道場」に発行された鑑札【写真】が残されています。本山への出入りを正式に認められた存在であったことが分かります。

 

2、寺院化の経緯

文久3年(1863)3月6日、釈正定の長男で七条村道場の当主を継いだ釈時照が、木仏・寺号・親鸞影像・蓮如影像の免許を願い出ました。申請には多額の費用が必要でした。文久元年(1861)3月に、本山において親鸞600回御遠忌が厳修されています。それを受けて七条村道場でも寺院化を遂げて親鸞影像を始めとする法宝物を安置した上で御遠忌を執り行いたいという機運が村内で高まったことが、法宝物・寺院化を申請した背景にあるようです。

 

文久3年、木仏ならびに「正定寺」という寺号、そして親鸞影像が許可されました。寺号は前当主の法名「正定」に由来しています。ただし蓮如影像は許可されず、さらに礼金を納めた上で、慶応元年(1865)にようやく授与されました。

 

そして明治5年(1872)1月20日、先代・釈正定の三回忌と併せて、念願の親鸞600回御遠忌を勤めることができました。

 

文久3年に寺院となったのですが、それはあくまでも「寺法」上でのみ認められた寺院でした。その後、「領法」(国法)でも認められた寺院として欲しいと、領主である彦根藩へ願い出ました。領法でも寺院と認められることで、寺院が檀家について、キリシタンなどの禁止されている信仰はしておらず、確かにその寺院に所属することを証明する寺請制度において、宗旨判定できる宗判権を有することができたのです。これによって、所属する門徒を正式な檀家として認める権利を得られます。明治4年(1871)8月の寺送り状から、この段階には宗判権のある寺院となっていたことが分かります。

 

3、廃寺とその後の継承

明治10年(1877)9月に滋賀県へ提出した「仏器什物取調書」の下書きから、この時にも寺院としての荘厳や聖教類を具備していたことが分かります。ただしここでは「正定寺道場」との呼称が用いられ、当主も俗名である「中野栄与茂」として県へ届け出ています。明治になり国家や宗門の制度変更がなされたことで、寺院と道場の中間的な存在となったようです。そして明治41年(1908)に廃寺となりました。

 

旧七条村道場は現在、在家の中野家として存続しています。道場・寺院としての歴史を大切にされながら、法宝物を安置した仏間とお内仏を守り伝えています。このように代々の当主が「左近右衛門」と名のった道場が、湖北の地に受け継がれてきました。それは聖と俗の狭間で、お念仏の教えと社会に向き合い続けてきた真宗の姿を現している道場と言えるのではないでしょうか。

 

■参考文献

「【特別調査報告】旧七条村道場史料」(『同朋大学佛教文化研究所紀要』第34号、2017年)

 
■執筆者

松金 直美(まつかね なおみ)