-京都教区の大谷大学業生が中心となって結成された「京都大谷クラブ」では、1956(昭和31)年から2019年12月にかけて毎月、『すばる』という機関誌が発行されてきました。京都市内外のご門徒にも届けられ、月忌参りなどで仏法を語り合うきっかけや、話題となるコラムを掲載。その『すばる』での連載のひとつである「真宗人物伝」を、京都大谷クラブのご協力のもと、読みものとして紹介していきます。近世から近代にかけて真宗の教えに生きた様々な僧侶や門徒などを紹介する「人物伝」を、ぜひご覧ください!

真宗人物伝

〈29〉山崎兵藏
(『すばる』750号、2018年11月号)

29山崎兵蔵写真(谷中定吉氏所蔵)

山崎兵蔵写真(谷中定吉氏所蔵)

 

1、蓮如寺のそばで生まれ育つ

山崎兵藏(ひょうぞう)(1887~1963)は、明治20年(1887)1月10日、富山県西礪波郡太美山(ふとみやま)綱掛(つなかけ)(南砺市〈旧福光町〉綱掛)で、父・善藏、母・”はよ“のもとに、6人兄弟の次男として生まれました。「庄佐(しょうざ)」という屋号で呼ばれた農家であり、父・善藏は、村会議員や学務委員も務めていました。

 

生家の隣には、蓮如上人(1415~99)へ帰依した了善によって、文明7年(1475)11月に創建された道場を前身とする善性寺(真宗大谷派、廃寺)がありました。同寺は「蓮如寺」とも呼ばれていました。そのお寺の石段でよく遊び、法話も聞きながら育ったそうです。蓮如上人は教化のために加賀国の二俣(石川県金沢市二俣町)から小矢部川ぞいを通って五箇山(南砺市〈旧平村、旧上平村〉)へ向かう際、綱掛へも立ち寄ったと伝えられ、蓮如上人腰掛け石も現存します。

 

2、東洋のペスタロッチ

山崎は、10㎞先にある福光町まで薪を担ぎ出すなど、家の仕事をよく手伝いました。

 

また勉学にも熱心に取り組みました。太美山尋常小学校(4年間)を卒業後、福光尋常高等小学校(4年間)へ進学し、明治34年(1901)3月25日に優秀な成績で卒業しています。

 

そうしたところ、綱掛から6㎞上手にある刀利(とうり)村(南砺市〈旧福光町〉刀利)へ同年4月に学校が新しく設立されることとなり、15歳の山崎が教員に抜擢されたのでした。そして翌月3日から、太美山尋常小学校の代用教員となり、11人の子どもたちが学ぶ刀利分教場で勤務することになりました。家から往復12㎞の道のりを毎日通い、冬には学校に泊まって、村の青年たちと親交を深めました。明治44年(1911)に新校舎が建設されてからは、宿直室で寝泊まりしました。

 

刀利の人びとと生活を共にするようになった山崎は、冬に村で幼い子どもが亡くなった場合、お経をあげて葬式を勤めたこともありました。また刀利での教育に専念するため、一生、独身として生きる道を選びました。

 

このような教育者としての山崎は、いつの頃からか「東洋のペスタロッチ」と讃えられるようになりました。生涯を教育に捧げたスイス人のペスタロッチ(1746~1827)に、山崎の生き様が重ね合わされるようになったのでしょう。

 

昭和26年(1951)5月で、山崎が刀利で教育に携わってから50年を迎えました。それを記念して、同年9月19日に式典が、その翌日には演芸会が盛大に営まれました。

 

3、一茎百華

昭和36年(1961)、刀利ダムを建設するため、刀利村は解村となってしまいます。真宗信仰を育んできた自然豊かな故郷を失ってしまうことに、当初、村民は断固として反対しました。そのような中で「川下の人びとの幸せのために」と、村民を説得したのが山崎でした。昭和31年(1956)3月に退職するまでの55年間、刀利の教育に邁進した山崎の胸像が、昭和36年11月に旧刀利村の一角へ建立されました。

 

刀利の山にはよく蘭の華が咲きました。一茎にいくつもの華が咲き誇って芳しい香りを放つ蘭に、山崎の教育者として献身した姿と成果が譬えられ「一茎百華(いっけいひゃっか)」と評されました。山崎の蒔いた教育という種は、数多くの子どもたちという華を咲かせたのです。

 

山崎の教育人生を記録した書籍が昭和28年3月25日付で『一茎百華』と題して刊行されました。同書などを通して、私たちは刀利での教育に生涯を捧げた山崎の人生を知ることができます。

 

蓮如寺の隣にある家で生まれて聞法しながら育った山崎は、「東洋のペスタロッチ」と讃えられるまでの教育者となり、教育の中に真宗を体現しました。そして数多くの教え子がそのもとを巣立っていったのです。刀利に「山崎先生」という「一茎百華」が咲き誇ったことを、今もなお教え子たちが語り継いでいます。

 

■参考文献

村田豊二著・刀利会編『一茎百華―永遠の教育者―』(桂書房、2011年)

松金直美「地域真宗史フィールドワーク報告 富山県にみる近代真宗民衆史」(『真宗』2018年11月号)

松金直美「近代真宗における伝統性の構築―富山県西礪波郡刀利村の民衆世界を通して―」(教学研究所編『教化研究』163号、真宗大谷派宗務所、2019年)

 

■執筆者

松金直美(まつかね なおみ)