黄色い横断旗
(中山善雄 教学研究所研究員)

小学生の頃、登校班というものがあり、近所の子たちと集団で登校をしていた。子どもが多い世代であったので、男子・女子に分かれての班構成であった。

 

私が二年生の春の頃であったと思う。班の上級生たちが、横断歩道を渡る際に副班長が掲げる黄色い旗を押し付けあい、最後には、からかいながら私に投げつけてきたことがあった。その上級生たちも、同学年の子たちも足早に走り去って行き、後には私と横断旗がポツンと取り残された。

 

私はその横断旗をどうしていいのかわからず、また、そのまま置いて行くわけにもいかず、混乱して泣きながら手に取ったのを覚えている。その後のことは思い出せない。

 

小さな事柄であるが、物心ついて以来、なぜか折に触れてその横断旗のことを思い出す。目の前で繰り広げられる身近な人たちの諍い、互いに責任を押し付けあい、不信と軽蔑を抱きあう関係……。今思えば、精いっぱいの愛情を注ぎあおうとしながらも、生活に追われ、抱えきれない苦悩をぶつけあっていたのが、身近な人の姿であった。しかし当時は、そのようなこともわからなかった。そして私は、諍いの間に挟まれて、心は泣きながらも、最後には、現実はこんなものだと割り切るようになっていった。しかも、その自分自身も、傍観しながら、いつしか不信と不和の源になってきたのである。

 

私の心も、生きる態度も、泣きながら横断旗を拾った頃から少しも改善されていない。むしろ、泣いていた自分の心情をごまかすことができなかっただけ、小学二年生のときの方が、はるかに素直であっただろう。今は、空っぽに過ぎないのに、それをタフな自分と偽り虚勢を張っているだけである。

 

しかし、なぜだろう。不思議なことに、心の中の横断旗を失くしたら、自分の人生も終わっていく気がしている。そして、私の出会った友も先生方も、私自身が見失ってきた、古ぼけた横断旗にこそ、暖かな眼差しを注いでくれたことを想う。

 

いくじなしは いくじなしのままでいいの
泣きたきゃ 泣けよ
意気地なしの勁さを貫くことのほうが
この国では はるかに難しいんだから(茨木のり子「夏の声」)

 

「意気地なしの勁さ」。この一句を聞いたときに想い起されたのは、お世話になったある先生の姿であった。その方は、学生の苦悩に対して親身に応じるからこそ、いつもうろたえ、翻弄させられ、多くの場合、弱々しい姿をさらしていた。そして、そこに誤魔化しがなかった。その姿に、周囲への信頼とともに、弱さに対して誠実である「勁さ」を想わせられた。

 

そのような姿に触れることを通して、自分の中の色あせた横断旗こそが、「意気地なしの勁さ」であることを教えられてきたように思う。そして、泣きながらであっても、それを拾いなおしていくことが、私自身の本心の願いであることも。

 

稚拙な歩みであっても、少しずつ、心の中の横断旗が色づいていくことを願っている。

 

(『ともしび』2021年8月号掲載 ※役職等は発行時のまま掲載しています)

 

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